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みんなでしんがり思索隊

書いてみよう、それは案外、いいことだ。 / 載せてみよう、みんなで書いた、幻想稿。
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chiamsa 12:「『宗教』に関するあなたの考え」

chiasma 12:「『宗教』に関するあなたの考え」
・「宗教は標識だ。」(こはく)
・「信仰と共同体の分離は可能か」(ドーナツ)
・「宗教とは世界中の分業者を信じることである」(らららぎ)
・「快楽としての宗教」(蛙教授)

・未執筆 
(ちくわ、めがね、イミ、黒崎咲夜、かなぽん、ねぎとろ、くびなが、水無月 紫苑、菖蒲、ネコ、大人たん、ゆうちゃん、むいこ、あめ子、しゅくる、西洋中世史たん)

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chiasma 10:「私の好きな場所」

chiasma 10:「私の好きな場所」
・「学校という場所」(ドーナツ)
・「何もない空間」(めがね)
・「居場所をめぐる長い長い旅」(草薙菫)


*大台というわけでもありませんが、御題が10個になりました。並ならぬ大喜びです。「私…まだ0個やねんけど…」という執筆者様、ご心配なさらずとも大丈夫ですからね。ゆっくり、ゆっくり、正直なところ難しい御題が多いと思います。『みんなでしんがり思索隊』は時給制のライター業務ではありませんので、書き上げた記事数を気にすることはありませんよ。どれだけ御題と向き合えているかどうかが肝心なのです。無理せず、しっかり、しんがり。

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chiasma 11:「『教育』を私なりに解きほぐす」

chiasma 11:「『教育』を私なりに解きほぐす」
・「「先生」と呼ばれて」(ドーナツ)
・「ふまじめ教育論」(てだ)



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学校という場所 / 著者:ドーナツ - ch10

幸いなことに、私の好きな場所はたくさんある。
地元の河川敷、昔住んでいた地域の遊歩道、今住んでいる市の商店街。
足しげく通っているカフェ、梅田の雑踏、外海の島々。
その中でも並々ならぬ愛着を抱いているのが学校である。

場所とは一体なんなのだろう。
外国語の「場所」に相当する語には「地位」という意味があったりする。
私の生きる場所、コミュニティー、私の立場。他者との交流の中で作られていく。

これまでの人生のほとんどの期間を「学校」という場所で過ごしてきた。
大学生となった今でも、行く場所は学校である。

小学校の記憶はあまりない。
途中で転校したことがあるのが原因かもしれないが、転校先の学校で方言に苦しんだことが鮮明に思い出される。

中学校と高校、そして大学。
この二つについて書いてみようと思う。

中学と高校は6年間同じ学校に通った。
中高一貫の女子校である。
校門をくぐると細い坂道が続き、その坂を上った丘の上にある小さな学校だ。
図書館の窓からは海へと注ぐ大きな川が見渡せた。

進学校だったので、生徒たちは皆よく勉強していた。
私も、図書館や教室、部室など、学校の至る所で勉強していた。
勉強の忙しくないときはずっとチェロを弾いていた。
音楽系の部活に所属していて、私はチェロを担当していた。

良くも悪くもアットホームな学校だった。
生徒同士の距離も、先生同士の距離も、先生と生徒の距離も近かった。
だから、なにか問題を抱えているときは必ず誰かに相談することが出来たし、頼れる人が学校の中にたくさんいた。
私はそんな「学校」が大好きだった。

不器用で、人間関係を築くのが下手で、それ故に勝手に傷ついてばかりいた私は、中学高校で人間関係を築く練習をさせてもらった。
きっと、たくさんの人を傷つけたと思う。
でも、誰かが温かく迎え入れてくれる、そんな学校だった。


高校生になったある日、ある大学のパンフレットを見て「あ、この大学、良い。」と思った。
その大学は、当時の私の成績だと相当がんばらないと手が届かない大学だった。

だが、当時からアホだった私は「この大学に行きたいです!」ととりあえず宣言した。
そこから、マイペースゆえに途切れ途切れの勉強の日々が始まることになった。

その後、一悶着ありつつも志望学部・学科を変え、無事にその大学に合格した。
紛れもなく、今、通っている大学だ。


この大学は、都会から少し離れた、郊外のおっとりした地域にある大学である。
学生も教員も、どこかおっとりしている。
特徴に欠ける大学と評されることが多い。

「中高一貫の女子校」という温室を出てこの大学に入ったら、案の定カルチャーショックに直面するはめになった。
まず、教室に男子がいるというところから、カルチャーショックなのだ。

つらいこともたくさん経験し、夜な夜な誰かに話を聞いてもらったこともあった。
大学生らしい遊びも少しは経験し、部活をやめたりもし、人並みに大学生としての経験を積んで、なんとかすれすれの成績で進級し、現在3年生である。

中学高校の時に比べ大人になったせいか、大学生活の2年と少しには本当に濃い思い出がたくさんある。
苦い思い出も良い思い出も。

温室育ちの私を成長させてくれたこの大学が大好きだと、ふと思う。
先生の研究室を尋ねたらよくわからないエジプト人がいたり、准教授と学生が授業後にLINEを交換していたり、キャンパスで踊り狂うダンスサークルの邪魔さに慣れてきたり、数学専攻の院生が「素数さん」と呼ばれていたり、学生が他大の教員を呼んで講演会を開いてしまったり、授業でラマダーン自虐ネタをかますムスリム教員がいたり、学生が当たり前のように教員の名前で居酒屋を予約したり、カフェを作ってしまう学生がいたり、勝手に大学でピザを焼いて売っている学生もいたり、みんなで准教授の研究室のドアにいたずらしたり……(※すべて実話です)
こんな生活ができる大学、とても素敵ではないだろうか。



スペースとしての場所の中にも、好きな場所はたくさんある。
でも、人がいて成り立っている「場所」の方に、より強い愛着を感じる。

いつか学校を離れ社会人になったら、お金で定義される関係に束縛されてしまうのだろうか。
とてもシンプルでわかりやすい関係だけれども、決して好きにはなれない。

学校という場所は、お金で定義されない関係が成り立つ場所だと思う。
私はこういう関係性を信じていたい。

もしこの文章をお読みになっている方で「不登校なう」という方がいらっしゃったら、ぜひ「学校の人」と連絡を取ってみてほしいと思う。
きっと、あなたを応援してくれる人が学校の中にいるはずだ。

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問題意識の行方 / 著者:ドーナツ - ch8

ここ最近の「御題」がどうも難しい。
思うように答えるためには、自分なりに咀嚼するしかない。

というわけで、少し趣旨からズレてしまいそうなのは許してほしい。

「私の深刻がっていること、深刻ぶっていること」とはいかにと考えたとき、基本的に楽天的に生きている私には深刻なことなんてないのではないかと思った。
むしろ、私に関することで他人が深刻がっていることを、私自身は全く深刻な問題として捉えていないことが多い。

それでは、深夜のテンションで再考する。
「私に取って深刻なもの」とは一体何なのだろう。
あ、それって勉強したいと思っていることなのでは?と簡単な答えが出て来た。

専攻が専攻なので、授業でも中東問題を深刻な問題として捉えてディスカッションすることが多いが、多くの日本人にとって中東問題など「どっか遠いところの宗教紛争」にすぎない。
私が春に衝撃を受けた「クリミアのロシア併合」も、多くの日本人にとっては「ウクライナ?ロシア?大変だね〜」程度のものだろう。

このように、自分が当事者でない問題(ばかりでは決してないのだけど、まぁそんなかんじ)を深刻に捉えるという「問題意識」を持つということそのものが、ある意味私にとって「深刻」なことである。

今回の御題「私の深刻がっていること、深刻ぶっていること」には、どうも「私にとっては深刻だけれど、他人にとってはどうってことないこと」というニュアンスがちらちら浮かぶ。
というわけで、具体例として中東問題とウクライナ情勢という2点を挙げてみた。
これらを深刻な問題として捉えている読者はどれくらいいるだろう。
きっとそれほど多くはないのではないだろうか。

大学生という身分なので、「深刻」と認識してしまったモノは勉強するしかない。
まして中東問題は専攻そのものである。
「深刻」と認識しているからこそ専攻していると言えなくもないが、専門と言えるレベルまで勉強……いや研究するほかない。
「勉強する」「研究する」ということは、まず文献を漁り、ディスカッションをし、気になる点は先生に質問するなどし、場合によっては調査をするということだ。
「深刻」が「問題意識」へと変化し、「研究」に昇華されていく、これは大学生としては最高の生き方ではなかろうか。

そうは言ってもうまく行かないのが人生で、はい、書き終わったのでいい加減アラビア語をやろうと思います。(語学キライ)

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背伸びしなくてもいいんだ。/ 著者:こはく - ch2

こんにちは、こはくです。
ここ1週間ほどこのブログ、そしてきあずまと向き合ってきましたが、その結果僕はひとつの大きな壁を意識するようになりました。
自分と徹底して向き合わなければ、文が書けないということです。
それは他のメンバーも感じているようで、記事とツイッターのつぶやきを見ていると、皆苦しみながら記事を書いていることが伺えます。
このブログの記事はまさに自分自身と格闘しながら作られています。
でもだからこそ、このブログには価値があるとも言える。
自分の表面だけ、現在だけを描写してもダメで、それだけでは決定的に何かが欠けてしまいます。

真珠はすごーく綺麗ですが、真珠を作るためにはその核が必要です。
これと同じように僕もきあずまと向き合っていく中で自分の核、コアを見つけ出さなくてはなりません。
今の自分を構成している、本質はなにか。
内面を徹底的にサルベージした時だけ、その本質が見えてきます。

ブログ記事は書いた人の人生を抽出した、エスプレッソのようなものです。
極上の旨みを極上の形で抽出した、エスプレッソ。
コーヒー豆はその人自身を意味していて、きあずまはブルーマウンテンやコロンビアといった産地のようなものではないでしょうか。
それぞれのきあずまという土地ごとに全く異なる豆である自分自身を見出していって、それを適切な形でアウトプットした文章、すなわちエスプレッソにしてゆく。
そしてそれを読者様、他のメンバーに楽しんでもらう、飲んでもらう、読んでもらう。

ふむ、こう考えると楽しくなりますね。
そして、だからこそ、中途半端なものを作る事はできません。
スタバの店員さんみたく、誠心誠意お客様である皆様にエスプレッソを飲んでいただけるよう、僕は僕の出来る限りを尽くしてエスプレッソを淹れなければなりません。
日々、精進してまいります。

…おっと、これで終わりではないですよ。
今日はこれからお話する一杯のエスプレッソを楽しんでいただければと思います。
自分と真摯に向き合って抽出したこはく特製エスプレッソ、chiasma2『私の断念してきたこと』でございます。

【背伸びしなくてもいいんだ。】

最初にひとつ質問。
あなたの身長はいくつですか?
…ふむふむ、そうですか。
僕の身長はですね。
抽象的に言うと、僕の身長は日本人男性の平均身長に達していません。
具体的に言うと、僕の身長は168cmであります。
10代の頃、僕はこれがコンプレックスでした。
身長が低い(高くない)というこの一点が、僕の日々を憂鬱にしていました。
当時あらゆる人と自分の身長を比較したりして、
  「ああ、この人よりは僕の身長の方が多少は高いのだな」
  「ああ、この人より低いな、っていうかこの人背高すぎ」
という感じで、延々他人と自分を見比べてばかりいたのです。

僕は悩みました。
一体何が私の身長の成長を阻害しているのか?
遺伝子?
私のこの身長不足は父と母のDNAの成せる技なのか?
それとも食事?
本来であれば平均身長を超えるであろうポテンシャルを持っていたはずなのに、成長期の食事のアンバランスさがこの結果を招いたのか?
あるいは運動?
卵が先か鶏が先か、成長を促す刺激を与えるために、高身長が集まるバスケ部に入っておくべきだったのか?
原因はいくらでも考えられました。
そしてそれと同時に、ひたすら身長を伸ばすことに苦心していました。
毎朝起きる時に背伸びをしてみたり、毎日コンビニで500mlパックの牛乳を買って飲んでみたり、果ては『3ヶ月で身長が伸びる体操』なる本を買って実践してみたりと、身長を伸ばすためにできる限りのことは尽くしてきました。
でも、結局身長は1ミリも伸びはしなかった。

現在はもうこの身長を伸ばすことに意識を割いてはいません。
僕は、身長を断念したのです。
でも、これは決してネガティブな意味で断念したということではなくて。
この身長というパラメータがいかに無意味なものであるかを知った、身長は僕の人生のクオリティには直接関係がないということを理解したのです。

相棒っていうドラマ、知ってますか?
水谷豊さんと成宮寛貴さんが主演の、刑事ドラマです。
最近はテレビ自体をつけないので全く見ていないのですが、彼、水谷さんの服装が、とても格好いいんですよ。
劇中では常にスーツ、まさに紳士の鏡といった格好で。
最近の僕の服装がほとんどスーツになっているのは、この水谷さん(正確に言うと劇中のキャラクターである杉下右京)によるところが大きいのかもしれません。
徹底的にフォーマルを貫いている彼の意思、彼の姿に、僕は影響を受けたのです。

誰かに影響を与える人は、総じて『個性的な』ものを持っています。
僕も彼見たく、誰かに影響を与える人になりたい。
影響を与える、と言うと少し傲慢に聞こえるかもしれませんが、要するにインパクトを与えたいということです。
僕は今自分が持っているものを最大限に活かして、自分という人間を構築していきたい。
そしてほかならぬ自分によって、誰かが変わるきっかけを与えていきたい、と思っているということです。

人生にとってお金、身長、子供の数といった客観的な数字は問題ではありません、人間は線形的な存在ではないのです。
昔の僕見たく、手に入るはずのない身長を追い求めることは無意味。
僕らがすべきことは持っていないものを追い求めるのではなく、既に持っているもの、生まれた時に与えられた自分という素材を、最大限活かしていくことなのです。
真珠は核があるから真珠になる。
最初にお話しましたよね。
僕たちも、核を持っています。
その核を輝ける真珠にできるのは、自分だけ。
自分の人生を生きる中で、自分を構築していく。
僕たちは背伸びして手に入れようとするものより輝けるものを、既に持っているのです。

ではでは、今回はこれにておしまいです。

ありがとうございました!

こはく

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上手に笑えない。 / 著者:めがね - ch8

『ロボットは好意で微笑むのではなくプログラムで笑う。最近は人間もそう。』
 攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SELL 第一巻より 

おはようございます。めがねです。
朝早いのですが、私は出勤時間が皆さんより遅いので少し出勤までに時間があるので珈琲ブレイクもとい執筆ブレイクで煙草をプカプカさせながらシャッキリと朝を迎えたいと思います。
chiasma:08『私が深刻にがっていること、深刻ぶっていること』初めていきたいと思います。
少しお付き合い下さい。よろしくお願いいたします。


・笑い合うというコミュニュケーション

一番初めに述べた言葉は士郎正宗氏の攻殻機動隊でのワンシーンの言葉です。
読んだ当初はなんのこっちゃ?とよくわからなかったものの大きくなれば、その意図する事柄が理解できるようになってくるもので場の雰囲気、会話の内容、自分と相手の立ち位置など『ある一定の条件下で笑わなければならない』というプログラムが必要な場面が人という種に生まれてしまい人間社会にコミットしている以上どうしても出てきてしまいます。

例えば、就職活動。アルバイトの面接。先生。会って日の浅い友人。近所のおばさん。etc.
嘲笑される以外で笑顔を向けるという行為は比較的、相手にとって好意的に受け取られるものであり決して嫌がられるものではないはずです。きっと皆さんもそうだと思います。
容姿の整った美男、美女なんかに笑顔を向けられるとなんだこのドキドキ感はひょっとして…と錯覚する事もあるかと思います。

恋人にしたい人物の条件にも面白くてよく笑う人なんてのがあるのもよく目にします。
言葉を交わさなくても表情だけで相手に幸福感を与えられるなんてなんと優れたコミュニュケーションの仕方でしょう。

ただ、別段面白くもないし、嬉しくもないのになんで笑わないけんのや。阿呆か。と、私は天邪鬼なので毎回思います。自分の感情を条件によってコントロールされるのが嫌いな訳です。
しかしながら、このプログラムで笑うという事を上手く活用している人は比較的、人に好意をもたれたり、慕われたり、可愛がられたりと美味しい思いをしている人が多いように感じます。

ほんま教えてくれや。その表情のつくり方…。


・外的要因

先程のは内的な要因。でも今度は外的要因について。
笑うと目が細くなって、白い整った歯が見える。いいですね。理想的です。

では、前歯が無い場合はどうでしょう。前歯がないだけでなんとなく不気味な感じがします。視覚から入ってくる情報は脳で処理される場合にかなりのウェイトを占めているという事を聞いたことがあります。整っていないものというのは脳で処理される時にエラーが起こりやすいので不快感を示す事が多いそうです。

私は歯並びがとても悪いので極力口を開けて笑わないようにしています。これは不快感を示されるか否かというのは個人差があると思いますが。コンプレックスは極力仕舞っておきたいのです。
あとは笑った時の音。つまり笑い声。これも結構重要なものだと思います。
音で不快感を示す人ってわりかし多いような気がします。ご飯を食べている時の咀嚼音に腹が立つといのはよく聞く話です。笑い声も大きな声で響くように笑う人というのはあまりいい印象を受けません。

笑い方も重要ですが。理想的な笑い声というのを誰か解明してくれないでしょうか。理想的な笑い方のフォーマットがあれば大変役立ちそうな気もします。むしろ使いたいぐらいの勢いです。

以上の理由で私は親しい人以外の前で極力笑わなくなりました。
常にぶっちょう面で、機嫌が悪いような表情をしているそうです。
怒ってもないのに何怒ってんの?不服なの?と聞かれることなんか日常茶飯事です。
別段怒る事など何もありません。

しかし、何気ないことで笑い合うというコミュニュケーションの取り方が出来ないので結構深刻な気がしています。
性格もあるけどもひょっとして笑わないせいで友達が出来ないのではとか思ったりもします。

素敵な笑顔の作り方を教えてくれる誰かが現れるか素敵な笑顔のフォーマットというものが作られることを願っています。

それではこの辺で

じゃあのん^^

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