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みんなでしんがり思索隊

書いてみよう、それは案外、いいことだ。 / 載せてみよう、みんなで書いた、幻想稿。
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chiasma 26:「悲劇と喜劇をわけるもの――太宰治という箱のなかで」

chiasma 26:「悲劇と喜劇をわけるもの――太宰治という箱のなかで」


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【企画】コンテストに出してみよう!


 こんばんは、編集のらららぎです。いつも素敵な記事を寄稿してくださって、ありがとうございます。ものぐさな編集ふたりで始めた共同ブログなのに、ここまでしっかりと続いていることが奇跡のように思えますよ!

 文章を書くのが好きなみなさんですから、こういうのはいかがでしょう、というサジェストとして、締め切りの近いコンテストを集めてみました。ぜひ挑戦してみてはいかがでしょうか。中には、その道の著名人が審査しているものもあって、投稿するだけでドキドキするものもあります。

 たとえ優秀賞に選ばれなくとも、自分の文章の皮を一枚むく好機となるでしょう。ぜひ挑戦してみてくださいね。




・「オタク川柳」 by インターリンク
http://www.575.moe/

締め切り:11/30迄
神de賞:10万円
文量:5+7+5の川柳形式


・「電車と青春21文字のメッセージ」 by 石坂線21駅の顔づくりグループ
http://densyatoseisyun21.com/

締め切り:12/20
最優秀賞:図書カード3万円分
文量:21 words(手紙、俳句、詩)

「涙」「初恋」をテーマにしたショートエッセイコンテスト。審査員は「俵万智」さん。


・「100字ありがとうレター」 by 島根県自殺予防普及啓発事業
https://secure.fm-sanin.co.jp/kokoronouta/entry/

締め切り:1/20迄
最優秀賞:図書カード3万円分
文量:100 words


・「今年の漢字」 by 日本漢字能力検定協会
https://www6.kanken.or.jp/kotoshi/index_web.php

締め切り:12/5迄
プレゼント:漢検オリジナル図書カードなど
文量:1 word


・「心のホッチキスストーリー」 by マックス株式会社
http://wis.max-ltd.co.jp/topic_file/news20140925.pdf

締め切り:12/7迄
優秀賞:5万円分のギフト券
文量:400 words前後

心にとどめておきたい、つなげておきたいことについての自由エッセイ。かなり書きやすいのではないかと思います。


・「香」 by 松栄堂
http://www.shoyeido.co.jp/contest/29/index.html

締め切り:12/20迄
金賞:30万円
文量:800 words

「香り」についての自由エッセイ。哲学者の「鷲田清一」さんが審査委員にいるため、自分の文章を見てもらえる可能性があります


・「チョコレートの思い出コンテスト」 by ショコラティエ・エリカ
http://www.erica.co.jp/common/essay.pdf

締め切り:3/31迄
プレゼント:ショコラティエ・エリカのチョコレート詰め合わせ
文量:1,200 words以内


・「岬文壇エッセイコンテスト」 by 一般財団法人岬の分教場保存会
http://www.24hitomi.or.jp/essay/essay.html

締め切り:12/31迄
最優秀賞:20万円
文量:1,200〜1,600 words

「宝物」「出会い」「祭り」のいづれかを選択して随筆する自由エッセイコンテスト。作家の「あさのあつこ」さんが審査員にいるため、自分の文章を見てもらえるかもしれません。同じあさのあつこさんが審査員をしているコンテストに「集英社みらい文庫新人賞」があります。小中学生に向けたオリジナル小説(50,000words)。


・「20代の旅レポ大賞」 by ダイヤモンド・ビッグ社
http://blog.arukikata.co.jp/guidebook/e_report/2014/06/post_885.html

締め切り:2/28迄
大賞:世界一周航空券、hontoポイント10万円分
文量:4,000 words以上、写真あるいはイラスト1〜5枚

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数を数える時間なんて僕らにはない / 著者:こはく - ch14


こんにちは、こはくです。

1万時間の法則というのを聞いたことがあるでしょうか何かの分野で一流になるためには、それに打ち込んだ時間が1万時間に到達しているかどうかが目安となる、と謳っている法則のことです。
音楽家だったり、スポーツ選手だったり、専門家の研究だったり、何かのプロになるにはこの「10000」という数字が大きな境目になると言われています。

じゃあ僕たちも1万時間頑張ればプロとして食っていけるようになるのか、と安易に思ってしまいますが、僕たちがこの数字にたどり着くのはとっても難しいです。
モチベーション云々以前に、絶対的な時間の問題で。
単純計算で1日8時間、社会人が仕事に当てる時間を全てそれにつぎ込んだとして、

10000[時間]÷8[時間/日]=1250[日]≒3.5[年]

3.5年間、毎日、休みなく打ち込んで初めて1万時間に到達できます。
これくらいのペースであれば実現できるような気もしないではないですが、これは理想的な数字に過ぎません。
現実には仕事や睡眠、その他日常的なことをしているとあっという間に自由な時間はなくなっていきます。
もし1日4時間の時間を捻出できたとしても、その時はさっきの計算のおよそ2倍、7年の時間がかかってしまうのです。
こう考えると、1万時間というのがいかに難しいかがわかるはず。
僕らが何かにインスピレーションを受けて「よし、俺もプロになるぞ!」と意気込んでも、膨大な時間を何かひとつのことにつぎ込むのは非常に難易度の高いことなのです。
(実際に一流、プロと呼ばれている人は、この時間を作り出すための精神面での際立った特質があります。それによって彼らは一流の位置を保ち続けていることができているのです。)

で、僕が主張したいのは、別に1万時間も必死こいて頑張って一流になったりしなくてもいいじゃない、ということ。
普通の人間でいいじゃない、普通に生きればいいじゃない、と僕は思っています。
何かの能力に突出できたとしても、それが幸福と直結することはありません。
ミュージシャンのつのだ☆ひろさんがあるテレビ番組の替え歌企画で、

「メリー・ジェーン」一筋
気がつけば もう40年
生きてる限り 歌うはずさ
でも本当は「飽きた」

という替え歌を歌っていますが、このように一流の位置を保ち続けるために毎日10時間以上黙々とそれに打ち込み続けることは、楽しいことではないし、ましてや幸福と縁のあることではないのです。
(サラリーマンがやっているような仕事に置き換えても、同じことが言えますが。)
だから僕は「普通に生きること」こそ、求めている人生を手にする方法だと思うのです。
あ、普通というのは決して平々凡々って意味ではありません。
一般的な範囲で、一般的に素晴らしい存在として生きましょう、それが普通だということなんですよ、ということを言っています。
上から与えられた仕事をただ黙々とこなすサラリーマンのように生きるのを想像するのは違うってこと。
そうなりさえしなければ、普通に生きていれば誰かにとって特別な存在になれるのです。
一流の人間は全世界に対してインパクトだったり、感動だったり、勇気だったりを与えることができますが、普通の人間だって彼らに同じものを与えることができるのです。
違いは影響を与える範囲が前者に比べて後者はほんの少しだけ狭いってことだけ。
特定の輪の中でこそ価値が生まれる人のことを、僕は普通の人と呼んでいます。

僕なんかはファッションに関しては普通の人です。
世界規模で見たら僕の服装なんて価値のないものでしょう。
中古の服をヤフオクで買い漁っている、ただの意地の悪い人間かもしれません。
実際ブロガーの人みたく、ファッションで飯を食べているわけではありませんから、僕にはファッションに関しては価値がない、とも言えるわけです。
でも、だからこそ、ある特定の人たちの中では一番ファッションに関しては興味を持っている自信があります、価値を提供できる自信があります。
特定の輪の中でこそ価値が生まれるからこそ、僕はファッションに関しては「普通の人」なのです。

では普通の人になるためには何が必要なのか。
それは、今までにつぎ込んできた時間です。
僕は相当数の時間をファッションにつぎ込んできました。
(もちろんお金もそれなりに使いましたが、お金というのは時間の代替物のようなものなのでここでは時間だけで話を進めます)
ただ僕が重要だと思っているのは、目的としての時間ではなく、結果としての時間です。
僕にとって、数えてきた時間は時間は目的ではなく結果でした。
僕は時間を意識してファッションと付き合ってきたわけではないのです。

冒頭にお話した1万時間の法則。
こんなものは天才をどうやって科学的に生み出せるかを考えている研究者が調べているだけで、
一流の人たちはこの法則をもとにして一流を目指してきたわけではありません。
ひたすら理想へと近づく努力を重ねていたら、結果として1万時間を超え、人々よりも優れたスキルを身につけていた、というだけ。
そして彼らに共通する要素を知った研究者が「こうすれば一流になれるぞ!」と大声で叫んでいるだけの話なのです。
僕がファッションに対して普通の人間になれたのは、
「よし、1万時間頑張ってファッションの勉強をするぞ!」
と決めてファッションに向き合ってきたからではなく、純粋にファッションに興味を持って、僕にふさわしい服装をするには何が必要なのかをひたすら考えてきたから。
時間を数えてきたからおしゃれになれたわけではなく、おしゃれになる努力をしてきたから時間が数えられてきたのです。

結論としては、何かを数えることはあまり有意義ではない、数を数える時間なんて僕らにはないんだ、ということです。
合理的な考えに頼りきって生きることは結果としてうまくいかないのではないかな、という感覚があります。
ただ数字を数えるだけではない、かといって漠然と感覚的に生きるのでもない「必然性の感覚」を持って日々を生きることで、普通の人生を送れるのではないかなと僕は考えています。

これが果たして今回のテーマの回答になっているかどうかは分かりませんが、僕が書きたいことは書けたような気がするので、今回は以上にしましょう。
ではでは、最後まで読んでくださってありがとうございました。

こはくより。








(校閲責任:らららぎ)

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自分の代わりを求めてもよい / 著者:らららぎ - ch23


 ぼくらは、どこかのタイミングで、自分には価値がないということを知る。幼い頃に捨てられてしまった子はその時に、大切に育てられた子でも社会に出た時に、あるいは自分よりもすごい人に何度も何度も出会ってしまった時に、自分には価値がないのではないかという問いを生み出してしまう――ぼくらは、そういう《絶望性》をデフォルトで持っているのだ。

 自分には価値がなく「存在レベルで(しかも余裕で)交換可能」だと思い込んでしまう。そう思うほうが明らかに楽だからかもしれない。そしたら最後、あらゆることを「交換可能なレベルで」しか考えなくなり――世界を見たいように見るようになり――本質から遠ざかっていくだろう。

 ここでは、そういう若き幻想をどのように砕いていけばいいかを、ぼくなりに解説していくので、何かの足しにしてもらえたら幸せである。

 考えるべきことは、誰にも引き継げない個人的なことだ。たとえば、極論だが、あなたがお風呂に入り、恋人から電話が入り、途中で上がったとしよう。そのお風呂の続きを妹に頼む、なんてことはできないといえる。すなわち、《入浴は誰にも引き継げない》のだ。

 では、なぜ入浴は引き継げないのだろうか。それは「ぼくとあなたで一緒に積み重ねる」ことができないからである。共通の累積ではないと言ってもいいし、単にふたりの同じ行為の結果は集合しないと言ってもいい。表現は趣味に任せるが、要するに、個人レベルでしかありえないことが引き継げない理由である。

 よく、行けなくなったライブのチケットを譲渡する際に、「俺の分も見てきてくれよな」というが、これは(言外に含まれている意味を無視すると)原理的に無理なのだ。ライブという体験は、「ぼくとあなたで一緒に積み上げる」ものではなく、どこまで行っても個人の経験としてしかありえない。

 科学的知識のように「一般化」すると引き継ぎができるようになり、個人的なレベルで扱うと引き継ぎができなくなる。そのどちらも一長一短で、優劣をつけることはできないが、とにかくそういう違いがあるということを改めて確認しなければならないだろう。

 たとえば、誰にでも引き継げる「一般化された知識」の代表格に、マニュアルというものがある。全くスキルのないバイトでも、商品を売ることができるスグレモノ。マニュアル通りにすれば、だれでも同じにできて、だれでも同じになれる。

 逆に「個人的な理解」というのは、どこまでいっても個人的なものである。俺はここまで理解したので、後はお前がやってくれ、という引き継ぎができない。音楽を途中から代わりに聴いてもらうことができないのと同じように、理解というものもひとりのなかのひとつづきであり、他者に託すことはできない。

 自分が交換可能に感じたときは、(1)自分で理解し、(2)自分で表現し、(3)自分で生産するのがよい。これらは、はからずも「哲学」のやっていることなので、世間では、こういうことを「哲学」とか言ったりする。「経営者の哲学」とか「プロの哲学」とか、自己啓発本で目にしたことがあると思う。学問としての哲学ではなくて、「自分流の理解と表現による生産」という部分を引き抜いて、哲学と比喩するあれ。(学問として哲学をやっている人たちから評判の悪い比喩)。

 アタリマエのことだが、マニュアルは十全でない。いろいろな状況があって、いろいろな対処法がある。そういう《マニュアルには載っていないけれど、絶対に知っておきたいこと》を知っているのは、外でもない《ベテランの先輩》である。ベテランの先輩は交換可能ではない。ベテランは、自分なりの理解を――どうも一般化できないような形で――何度も自分のうちに積み重ねてきているのだ。そういった意味で、哲学者と呼べるだろう。

 哲学者は、分かるだろうか、単独である。マニュアルのような「誰かが作ってくれたもの」を、誰かと共有することはできない。自分だけで理解して、自分だけで表現する。それが妥当だとか、正解だとか、間違っているとか、誰も教えてくれない。孤独で、単独で、いつもひとりなのだ。交換できないということは、単独ということである。

――それが、そんなによいことなのだろうか。
――それが、本当にあなたの目指しているものなのだろうか。

 もう一度、よく考えて欲しい。あなたが「あなたのみ」になる方法はたくさんある。だが、本当になりたいのだろうか。交換できない、単独で、ひとりで、共感したフリをされることはあるけれど、本当に理解してもらえることはない。そんな存在になりたいのだろうか。なりたいならなればいいし、なりたくないならならないほうがいい。

 厳しいことをいえば、代わりがいることに絶望するような人間は、代わりがいなくなって単独になったときにだって絶望するといえる。同じ絶望ならどちらがいいのか考えてもらいたい。偉そうになってしまったが、ぜひ、今までとは違う角度から、いろいろ考えてみてほしい。

ありがとうござました。おわる。

しーゆーれーらー

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chiasma 25:「あなたと『紙』について語る」

chiasma25:「あなたと『紙』について語る」

・「紙は、凶器だった。」(こはく)
・「紙の灯りの前のぼく」(らららぎ)
・「紙はなんでも欠けている」(ちくわ)
・「画用紙にうつる私」(セカペン)
・「紙に書く,ということ。」(開発室Graph)

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わたしとすみれと空 / 著者:草薙菫 -ch3


 はじめまして、草薙菫です。自分に自信がなく、こういった場で自分を表現することが恐ろしく感ずるのですが、わたしなりに丁寧に書けあげていこうという決心を持って参加いたしました。よろしくお願いいたします。

 さて、わたしは自己紹介が苦手です。わたしはこういう人間ですと簡潔に語っても、相手の中に植え付けたわたしは、わたしのほんの一部分でしかありません。

 “私は、「」”(という人間です。) が10個くらい並び、「」の部分に一文を書いていく心理テストをご存知ですか。授業でやらされたことがあるのですが、あれには辟易しました。

私は、21歳です。
私は、大学生です。
私は、女です。
私は、読書が好きです。
私は、バランスが悪い人間です。

と書き連ねていっても、ここで説明しているのはわたしの情報であり、情報でわたしを表していると、生きたわたしが遠のいていく心地になります。

 同じ理由で、就職活動が大きなストレスとなり、わたしは就活から逃げ出しました。就活マニュアルの事例を参考に、話す言葉を考えたり考えた内容を話したりしている内に、わたしは自分が薄れてゆき、自分が商品であるかのような気持ちになったのです。

 また、わたしはわたしがよくわかりません。

 最近まで、はじめて同士のおつき合いをしていました。彼の、わたしと同じように苦しんできて、わたしと同じように生き抜いてきたことを誇りに思っており、わたしと同じように生涯の伴侶を求めているところに惹かれました。

 彼をしあわせにしたい、これからは彼と共にしあわせに歩んでいきたい、と思いました。愛するとはなにか、しあわせとはなにかわからなくなっていたわたしにとって、それは大きなものでした。彼が無償の愛を感じ、しあわせそうにしているだけで、満足でした。そしてその想いがわたしの理想そのものでした。

 しかし、誰かと心をさらけ出すような親密な関係になるには、わたしは心が弱すぎました。いままでわたしを苦しめてきた思考の癖が発現すると、彼に助けを求めて、どんどん依存していきました。彼のわたしへの気持ちが信じられなくなり、際限なく彼から気持ちを求めました。心に余裕が無くなり、一緒にいても離れていても、雁字搦めに苦しくなりました。そしてその時のわたしは、今のわたしから見ると、嫌悪すべき他人のようでした。

 わたしはわたしを信じていません。その時々の気分に思考が大きく左右され、当事者のわたしは冷静に判断することが出来ません。言動も、感情が強すぎると、わたしから離れていってしまいます。

 わたしの自分を表現することのできるツールは、文章です。書き綴るという表現を通して、わたしという人間が生きていることを、だれかに知っていただけたらと思います。

 アカウント名についてお話しましょう。
 名字 (草薙) と名前 (菫) のそれぞれに、別々の由来があります。

 菫は、幼い頃、おままごとで「すみれ」と名乗っていたことからとりました。といっても、すみれと名乗った記憶は一つしかありません。

 小学校の運動場には白いクジラがいました。体の半分を土から出して、背中に乗って遊ばせてくれる、白いクジラの遊具です。そのクジラの上で、おままごとをしたとき、わたしはすみれになったのです。

 すみれという響きが好きです。すみれと名乗ると、自分が透き通っていて神聖な感じになった気がしました。本名は、ねちっこくてがさつな感じがします。すみれの砂糖づけ、なんて、金平糖と同じくらい、なんだか夢の食べもののようじゃないですか。

 草薙は、森博嗣の「スカイ・クロラ」シリーズに登場する、草薙水素からとりました。この本との出会いは、15歳の時です。当時のわたしは、泣いても祈っても時間が刻々と過ぎていくことに、絶望していました。これ以上歳をとって、大人になりたくなかったのです。その想いを相談して教えていただいたのが、「スカイ・クロラ」シリーズでした。この本で描かれているのは、思春期の姿のまま成長することがなく、戦闘機に乗って空を舞って殺しあう、キルドレの物語です。丁度、押井守によって映画化された時期でした。観た方、結構いらっしゃるんじゃないでしょうか。

・The Sky Crawlers Music' Blue Fish:

(劇中で使われたこの曲が「スカイ・クロラ 日本製超高級自鳴琴五拾弁機」という名のオルゴールとなって販売されていたようで、手に入れたいものの一つです。)


 ただ、わたしが愛しているのは、映画ではなく原作です。

 下は、10代の終わりにわたしが書いた小説の一節です。

「人集りや夜の孤独のなかにいると、自分が分裂して、あちこちに飛び散っていく感覚に襲われたわ。漠然とした重い不安が、わたしのなかに舞い込んで内側から広がっていくのに、それを心という小さな箱のなかに閉じ込めているようだった。自分を両腕で守っても、何かで気を紛らわせようとしても、駄目だった。これが寂しいという感覚なんだと思ったけれど、誰とも話したくなくて、誰かに頼ってしまったら自分のなかの何かが崩壊しそうで、一人になりたくなるの。」

「わたしには何も無いのね。何かしらの能力が欲しかった。誰だってそう思っていることはわかっているわ。でもね、他人といるのが苦痛に感じるタイプの人間にとっては、芸術的センスの欠如は、自分を世界へ現すことが出来ずに、人目につかず、みじめで閉じた人生しか生きられないことを意味するのよ。」

 重い息苦しさから救いを求めていたわたしにとって、色々なものが沈澱した地上から離れ、軽く、自由な空を舞い踊ることのできるキルドレ、特に、ずば抜けて操縦の才能があり、飛ぶために生きていると言い切れる草薙水素は、憧れでした。

 好きな文章をひとつ、ご紹介いたしましょう。肉体的な変化が無いために、記憶障害が起こった「僕」が、隔離されていた病院から脱走中、自分が乗っていた戦闘機に再会する場面です。
この飛行機だ。
僕の飛行機だ。
これで、空を走り回れる。
飛び回れる。
僕は笑った。
躰(からだ)の内側から、それが湧き上がってきたからだ。
信じられない、また飛べるなんて。
素敵だ。
幸運だ。
操縦桿を左右へ振った。
ほんの僅かに遅れて、世界が回転する。
すべてが僕についてくる。
どこにも触れていない。
なにものにも支えられていない。
自由だ。
なにもかも無関係。
僕は、僕であって、僕以外には無関係。
どうして、こんなに簡単なことが許されないのだ?
どうして、こんなに純粋なことが許されないのだ?
避けられている。
遠ざけられている。
拒まれている。
妬まれている。
蔑まれている。
恐れられている。
憎まれている。
嫌われている。
何故、自分でない者にまで、自分の愛を押しつける?
それが愛だと信じさせるためにか?
本当の愛ならば、信じさせる必要などない。
違うか?
ああ、人間たちはみんな馬鹿だ。
この飛行機の、この美しさを見ろ。
この翼を見ろ。
これに比べたら、すべてが醜い。
愛なんて、錆のようなものだ。
それが、綺麗な営みだと、錆が思い込んでいるだけ。
美しさを知らない。
なにも見ていない。
美しさとは、この冷たさのことだ。
なんて、懐かしいんだろう。
僕の喉が痙攣し、息が震えた。
目を開けると、涙に滲んでいる。
金属が濡れてしまった。
僕は袖口でそれを丁寧に拭った。
けれど、涙は止まらなかった。
ああ……、僕は泣いているのだ。
悲しくないのに、泣いている。
たぶん、この美しさのせいだ。
美しさに涙が出る。
こんなに美しい存在が、世界にあるだろうか。
機体の曲面にぼんやりと映った自分の醜い姿を見る。
どうして、人間はこんなにも醜いのだろう。
でも、そんなことで泣けるわけではない。
どんなに可哀相でも、どんなに惨めでも、涙なんて出ない。
涙が出るのは、崇高な美に触れたときだけ。
――森博嗣『クレィドゥ・ザ・スカイ』中公文庫, p.261-264

 わたしは、草薙水素における散香 (戦闘機の名) の存在を求めていました。執着心の強い自分の性質を捨てたかった。喜怒哀楽を素直に表出したかった。人間関係のしがらみから脱したかった。生きている実感が欲しかった。

 いまでは、それらの希求は薄れています。わたしたちは、キルドレと違って、変わることができるから。わたしを大切に想ってくださったかたの言葉。わたしといてしあわせだと言ってくれた人との暮らし。それらの過去が、みじめな日々の感情の記憶や植え付けられた不安や恐怖から、わたしを強くしてくれます。

 それでも、この本をひらくといつだって、胸をつかまれて、泣きたいような、祈りたいような気持ちになります。永遠に満たされることのないわたしの何かが呼応します。いまのわたしは、あの頃に比べて、誤魔化さずに生きているだろうか。重さに慣れて、諦めのなかを生きていないだろうか。

 そしてまた、草薙水素に憧れます。軽く、自由に、舞い踊りたいと、空に想いを馳せて。









(編集・校閲責任:らららぎ)

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夢見る頃のこと / 著者:セカペン - ch4


私の好きな帰り道には、常に恋があった。
モノレールの線路を境に、あっちの家の人たちとこっちの家の私たち。
その周辺を通る帰路には、私たちや彼らの様々な思いが踏みしめられている。

●十五のとき

 あの頃、私は世界でたった一つの真実を握っているような気持ちで手をつないでいた。

 大きな道路。悠々とのびるモノレールの線路。広大な空。それが一望できる道を二人で歩いた。その二人だけの時間は、めったにない時間だった。その限りある時間を、わざとゆっくり歩いて帰る。

「時間がとまらないかな」
そんなことを言いながら笑っていた。

 当時、家に帰ると、私は私の問題と向き合わなければならなかった。受験、家族、自分。それらの問題が一気に襲いかかってきているような気がして、私は壊れそうになっていた。そんな私を、彼は守っていた。私の話を聞き、私のことを理解しようとし、私のことを支えた。

 彼はいつだって私のヒーローであろうとした。私はいつだって彼に助けられていた。彼の愛を摂取する事で生きながらえているのだとさえ思っていた。「好きだ」「愛している」という言葉を合言葉のように言い合った。そうして言葉で伝え合うことで、会えない時間の不安を抑えようとしていた。

 彼は二人で帰るとき、いつも私の手をつなぐ。

 始めの頃は、決して私の方からつなごうとしなかった。私の指先がとても冷たいからだ。彼に触れると、彼が拒絶するのではないかという不安を感じていた。そんな私の不安をものともせず、彼は私の手をにぎる。

「嫌じゃないの?」――私の手の冷たさに、少し驚いた顔をした彼に言った。だけど、その顔はすぐにいつもの笑顔になった。

「ううん、嫌じゃないよ。ほら、俺の手って熱いくらいだから、ちょうどいいなって」――無理した言葉でもない。繕った言葉でもない。その言葉に、私は手だけでなく全てを受け入れられているのではないかと感じていた。繋がっていることに、幸せを感じていた。

 家の前に着くと、互いにそっと手を離す。その寂しさが、私に冬の寒さを思い出させる。一人だったことが頭をよぎる。未来の二人に確かなものなどないことを思い出す。満ち足りることのない愛を求めずにいられなくなる。

 そんな言葉を「大好きだよ」という言葉でごまかしていた。

家に入る前、自分の家へと向かう彼の背中を見る。
今来た道を一人で帰るとき、彼は私がいない道を通ってなにを思うだろう。

●十六のとき

 あの頃、僕らは白線の内側にいるような気持ちだった。

 高校になり、通学手段にモノレールを使うようになった。あるときから、気づけば彼女と彼は一緒に帰るようになっていた。二人はいつもモノレールの車内の続きとは言えない、何か特別な話のように感じられる雑談を駅でする。ほどほどの時間で、彼が「さて、もう帰らんとな」と言う。「またね」と言い合い、別々の道へ歩き出す。

 それが彼らの帰り道だった。

『俺はあいつのことが好きだ』――ある夜、彼が僕にそんなメールがきた。さらに、同じ身体にいる僕まで含めて好きだと言ってきた。

「どんなこと話したの?」――僕がメールを送って携帯を閉じると、自分と同じ身体を持ったあの子が言う。

「あいつは、おまえのことが好きなんだって」とだけ答えた。次の日も、彼らは一緒に帰っていた。いつものように授業の先生、部活の友だち、家のことなどを話しながら、モノレールに乗っていた。駅につき、改札を出たところで、あの子が口をひらく。

「あの、昨日、悠から聞いた。君が私のことを好きって。その、私は」――しどろもどろしながらも応えようとする彼女の頭を、彼が撫でた。

「もう帰らんとな」――彼女が顔をあげるのと同時に、彼は背を向けて帰って行く。

「私は――!」
そう叫んだが、彼は足早に帰って行く。
彼女の「好きなんです」という言葉だけが取り残された。

 そんなことがあっても、彼の帰る方法がバスに変わるまで、二人は一緒に帰り続けた。その間、二人はその話を蒸し返すことはしなかった。仲が悪くなることも、恋愛関係になることもなかった。ただ二人、「好きだ」ということだけがあった。だけど、その「好き」を言うことに、僕も彼女も彼もみんな臆病になっていたのだ。

 モノレールの駅から、自分の家のある方の階段をおりていく。いつだって、同じ階段を二人でおりることはなかった。お互いに想い合っていても、決して向き合おうとしない二人の心のようだった。

●十八のとき

 あの頃、全てのことに明確な答えがあるような気持ちだった。

 夜の道を歩く。狭い歩道を通って右に曲がって、広い道路を左手に眺めながらまっすぐとした道を歩く。中程まで行くと、モノレールの線路が見える。モノレールの線路を越えて、マンションの間をくぐって、自分の家の前まで来る。

 その三十分の間、話す事はたくさんあった。彼は色々なことを知っている人だ。特に生物関連のことに詳しく、見た事がない花や虫のことを教えてくれた。「これって何?」「ねぇ、それってどういうことなの?」「教えてー」その一つ一つに、分かる範囲でのこたえとなるものを教えてくれた。

 帰るときは、二人で手をつないで帰っていた。いつから、どうして繋ぎ始めたのかは覚えていない。お互いに自然と繋ぐようになっていた。彼の手は自分よりも大きく、骨張った手だと思ったことがあるのだけ覚えている。

 冬になり、手が凍えるような時期になっても、手をはなさなかった。繋いでくれることのお礼にと思って、手をつなぐ前にできる限り自分の手を温めた。「ぽんの手はあったかいな」そう彼が言ったときに、「人を温めるためにあったかいんだよ!」と得意げになるためだった。

 手をつないで道を歩き、家の近くに着くと、人がいない隙に抱きしめ合ったりキスをしたりしていた。それでも、恋人同士だと胸を張って言えなかった。

彼の心の中のことが分からなかった。
――危なっかしくフラフラ歩いているから手をつないでくれるのかな?
――夜中に一人で帰るなんて言うから家まで着いてってくれるのかな?
――ぽんが周りをちょろちょろしているから、かまってくれるのかな?
 
自分の心の中にある「なにか」が分からなかった。
――いろいろなことを教えてくれる父への愛なのかな?
――ぽんのことを理解してくれてる友への愛なのかな?
――キスをしたら満たされる気持ちになる愛なのかな?

今、ぽんのこと、どう思っているの?
――聞かない限り、彼は本当に知りたい答えを教えてくれない。

 ある夜、彼の顔を眺めながら「この帰り道を通ることがなくなる一日前に、聞いてみよう」と決心をした。


●二十一のとき

 実家に帰ると、必ず一度はこの道を歩いてみる。

 その道の朝も昼も夜も。春にコンクリートの道の端が色めくのも、夏に空に花が咲くのも、秋に葉の絨毯ができることも、冬につもることがない雪が降るのも。私たちは全て知っている。咲いている花も、咲かなかったつぼみも、咲こうとした花も全てを覚えているからこそ、その道を歩く。そこにあった想いを拾うような気持ちで歩く。

 夢見る頃を過ぎても、それぞれのあの頃の夢は依然としてきれいなままだった。

 セカペンでした。











(編集責任:らららぎ)

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