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みんなでしんがり思索隊

書いてみよう、それは案外、いいことだ。 / 載せてみよう、みんなで書いた、幻想稿。
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名のあるセカンドペンギン / 著者:セカペン - ch3

不肖、セカペンは自分が自分であることを証明できませんでした。

 これは先日、とある携帯ショップに名義変更に行ったときの話である。私は二十歳を過ぎたということもあって、両親はそれまで父親名義にしていた私の携帯の名義変更をしようと言ってきた。特にそれに反対意見がなかった私は、すぐに最寄りの携帯ショップで名義変更をするときになった。

 しかし、そこで問題が起きた。身分証明ができなかったのだ。

 事前の説明では「(未成年のお客様は)保険証と学生証を持ってきてください」と言われていたが、この()の部分を、父や私は知らされていなかったのだ。私と父は様々な方法で身分を証明しようとしたが、結果として、私は私であることを証明できなかった。

 「自分が自分である」ということの証明は難しいと感じた。しかし、誰もが「あなたは誰ですか?」というと問いに即座に回答することができる。そのときに答えられる自分の証は「名前」である。今回はその名前という自分の証明について語りたい。

 その前に、私は私の名前について紹介したいと思う。セカペンという名前は、「セカンドペンギン」の略である。ここだけきくと、「二番目ということは一番じゃないんですか?」「二番目でいいんですか?」という疑問があがるだろう。これに対して、私は「二位じゃだめなんですか?」と謎のキレを見せるほど、強気ではない。私らは一番目ではない、二番目にしかなれない存在である。

 「ファーストペンギン」という言葉がある。その意味は、「ある集団の中で危険や困難へ最初に飛び込み、安全性を証明する者のこと」とある。群れのペンギンたちが魚をとるときに、一番のりで飛び込んで餌がとれるかどうか、敵がいないかどうかを確認するペンギンのことだ。

 この言葉を初めて知ったのは、高校一年生の頃の国語の教科書にのっていた「最初のペンギン」という茂木健一郎の評論であった(注1)。その評論の中には「英語圏では「最初のペンギン(first penguin)」といえば、勇気を持って新しいことにチャレンジする人のことを指す」とある。「不確実な状況に判断を下すという勇気をもった人」ということである。

 このファーストペンギンにはなれないが、ビリやそこそこのあたりにもいたくない。最初の人が「ここ、いけるぜ!」と合図を出したら飛び込むといった二番煎じのペンギン。私らはそんな「セカンドペンギン」なのである。

 実はこの記述をしているときに、名前を「セカペン」にするか「セカペンズ」にするかを迷った。その理由は、私は「複数形」であるからだ(注2)。そう、本名をもつ私は多くいる。狭義において二人、広義において五人。その五人はそれぞれ戸籍上の本名の他に、あだ名のような名前をもつ。その名前がある以上、私らは自分を形作られているとも、人に認められるとも言えるだろう。

 つまり、「名前」は精神における「身体」なのである。

 これは何も私に限ったような話題ではない。インターネットという場は、私たちと似たような作りをしている。一人の人間(一つの身体をもち、一つの心をもつ)は、必ずしも常に一緒というわけではない。Twitterのアカウントを複数持っている人であれば、この感覚は分かるのではないだろうか。例えば、学校用アカウントと趣味アカウントがあったとして、学校では趣味のことをあまり言わないものとする。その場合、「趣味に没頭する自分」というものは学校アカウントであらわれることなく、「学校での自分」が会話している。その逆もしかりである。

 こうしたネット上は、ある種のペルソナ(ペルゾーン)としての人格が顕著にでやすい。そうしたペルソナを形作るのが、アカウント名、HNなのではないだろうかと私は思う。

 さて、『pupa』(注3)という漫画の中で、ある二つの生物が島で生きていたときの場面がある。その片方が主人子にこう言う。「この島の中では、お互いを呼ぶ名前が必要なかった。あなたとわたしでよかった」というものだ(結構うろ覚えです)。

 私が引きこもりをしていた頃、接触する人がただの一人(注2にある「悠」という人)しかいなかったときに似たような現象が起きた。私は彼を彼の苗字で呼んでいたが、彼が私のことを呼ぶことはなかった。本名が気に食わなかったから、呼ぶと嫌がるからというのもあったのだろう。お互いになんの違和感も感じていなかった。

 しかし、中学三年になり、親友が私らの存在を知り、私も私として、悠も悠として話し始めたときのこと。 

「アレが迷惑をかけるね」と悠が言った。

 もちろん、親友たちが「そういう呼び方をするんじゃない!」と怒っていたが、悠も私も怒られるようなことだと思っていなかった。しかし、怒らせてしまうのは申し訳ないということがあり、それから悠が私の名前をたどたどしいながらも私のことを名前で呼ぶようになった。

 そのときから、私の心境に変化が起きた。それまで希薄に感じていた自分というものを強く感じるようになったのだ。いるかいないか分からない、存在感の薄い透明人間から、色をもった人間へと変化したという感じだった。その変化の理由を考えると、自分を自分として認めてくれている他者(同じ身体を持たない他者)と、自分の名前への意識が強く影響していると思われる。
 
 長々と書いてきたが、要するに、「自分が納得できる自分の名前を大事にしよう」ということである。
 
 こんな奇怪な私らですが、よろしくお願いします。二号@セカペンでした。




(注1):茂木健一郎が書いたってことは、ついさっき「最初のペンギン」の評論の作者が誰であるか調べているときに知りました。当時、茂木健一郎という名前すら知らなかったので、特に気にしていなかったですね。今の心境としては、「あのおじさん、こんなものを書いていたのか!」です(笑)。

(注2):私は"いわゆる"多重人格である。しかし、厳密に言うとビリー・ミリガンといった有名な事例のような「多重人格障害」というわけではない。Imaginary Friendがこれを書いている"私"の他に、4人いるというようなものだ。それが私の頭の中を動き回るだけでなく、外に出て”私の本名”をまとい、生活するということがあるというだけである。水月、悠、ぽん、二号、うなという風にそれぞれの名前も個性もがありますが、ここではそれらを総称して「セカペン」と名乗らせてください。「セカペンズ」にするか悩み始めたのは、うなの「複数形にしたらビートルズみたいだな、五人だけど」という一言があったからです。

(注3):兄妹愛やカニバリズムが詰まった漫画です。後輩が部室に持ってきてくれたときに、ぽんが読んでいました。妹が兄を食らう場面を見て、お腹がぐーっとなったというのは印象的でした(普通は食欲なくす場面なのにな……)。

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好きなことを、書きました。 / 著者:てだ - ch21


 私は中3の頃から『格言ノート』とでもいうべきものをつくっています。
 簡単です。本を読んでいて、心にティンと響いたことばを作者や書名を添えてB5ノートに書き写してるだけ。映画のせりふや歌の歌詞なんかもアリです。たまった言葉をたまに眺めてしみじみします。思い出のアルバムを眺めるのと、気持ちはよく似ています。違うところは、思い出は死んでいますが、言葉はまだ生きていて私に力を与えてくれることがあることです。
 小説の中から書き抜くのもいいですが、やっぱり基本は格言です。岩波文庫の『ことばの花束』シリーズから始まって、芥川龍之介の『侏儒の言葉』や太宰治の『もの思う葦』、寺山修司なんかもいい名言集があります……。と、いつのまにか格言集を中心に本を読むようになってしまって、おかげでアフォリズム大好き野郎になってしまっています。
 格言はインスタント食品みたいなものです。さっと頭に入って消化は良いですが、摂りすぎると自分で言葉を噛みしめる能力が少しずつ衰えてきます。でも、何だかボーっと意気消沈しているとき、焦って心の拠り所を失っているとき、一瞬であなたにパワーを与えてくれるのはたぶん、知恵のある昔の人たちが加工してくれたこいつらなのです。
 今まで集めた格言を厳選するのはとても難しいですが、頑張っていくつか選んでみました。皆さんの心の栄養になれば幸いです。


鐘が鳴ったらすぐ教室にはいるのだ。
あらかじめ予習をして、本の一章一節をよく調べておく。
するとあとで、先生が、本にかいてあることしか何もいわぬのがよくわかる。
ゲーテ

 主に高校生の時によく思い出していた言葉です。教科書に無いことを雑談交えて教えてくれる先生が好きでしたし、それ以外の教師はみんなクソだと思ってました。塾講師のバイトを始めてからはある程度しょうがないとも感じてます。年をとるにつれて感じ方が変わってきた例です。


好奇心は見栄にすぎない。たいていはそれを語ろうとするために知ろうとするだけだ。
パスカル

 パスカルはヤバいです。彼の言葉は宇宙視点から心の隙間をスナイプしてきます。学生は好奇心がないと学問なんてやってられないので、今はこの言葉から目を背けています。はい。


われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより、世の中を少しなりともよくしていこうではないか。
ジョン=ハーシェル(天文学者)

 これはもう超一級に好きです。将来に対するただぼんやりとした不安を感じた時に真っ先に思い出すのはこいつです。単細胞なので生きる目標はこれぐらいシンプルでまっすぐしたもので十分にすぎます。


好きなことを書きなさい。それ以外の法則はありません。
オー=ヘンリー

 この言葉を最後に私の文を締めくくらせていただきます。しばらくレポート以外の文章など書いていなかった私の背中を押してくれたこの格言と、このような素敵な場を創っているブログ執筆者の皆さまに最大限の感謝と敬意を捧げます。最後まで読んでくださってありがとうございました。

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あの夏の花火は二度ともう見られない。 / 著者:めがね - ch16

お久しぶりです。めがねです。
試験やらなんやらかんやらでなかなか忙しくてブログが書けなかったと言うのは建前で、
正直な所、何書いていいか分かんなくなったのと
引用してばっかで自分の言葉ではないような気がして筆が進まなくなったってヤツです。はい。
久々に恋人として足りないものという話でビビビっときたので
『僕らが別のアビリティを手に入れる事で捨ててしまったアビリティ』ってやつを
私の幼少時代の少しおセンチな話を交えながら皆さんも『
獲得したもの』と『捨ててしまったもの』考えてみて下さい。
chiasma:16『夏がくると思い出す事』。

・あの気持ちにはもう二度となれない
あれは確か小学3年生だったと思います。
母方の実家が能美島という所でして港が目の前で海の向こう側に瀬戸内海を臨むことが出来ます。
とても気持ちの良いところで僕は今でも母の実家から見渡す景色が大好きです。
今でこそ夏が嫌いなのですがその頃は夏になると母の実家に行って従兄弟達と遊んだり
当時ゲームボーイを私は持っていなかったので母の実家で従兄弟のゲームボーイをするのが毎年楽しみでした。
色々な事をしました。用水路でミニ四駆レースに明け暮れたり、駄菓子屋でチューペット食ったり、
庭でバーベキューしたり、軽トラの後ろに乗って海へ行ったり。隣町までチャリで行ってみたり。
思い出せばキリがありません。それでも夏になるとやっぱり思い出すのは一人の女の子の事です。
一度会っただけで名前も知らなければ顔も声すらも今では思い出す事が出来ません。
ただハッキリしているのは、私と彼女が同い年だった事。一緒に船から宮島の花火を見たこと。
そしてたった一日限りだったけれども私は彼女の事を好きになってしまった事。
この三つだけです。彼女が私の事をどう思っていたのかなんて今となっては確かめることすら出来ません。
もしかしたら私の事なんか覚えてないかもしれないと思います。

出会ったのは、もちろん花火大会の日の事です。叔父が船を借りて宮島の花火大会に行くと言うので、
私と妹、従兄弟4人兄弟で車で少し遠い港まで行きました。
叔父の知り合い、もしくは血縁関係者?ともかくその人とによく知らない女の子が一人立っていました。
いかにも島の子という感じの健康的かつ活発なショートヘアの女の子だったような記憶があります。
私も当時は結構活発な少年時代を過ごしていたのですぐに仲良くなり
私は彼女の事を「3年さん」彼女は私を「3年くん」と呼び合うようになりました。
花火大会の場所に行く道すがら彼女と従兄弟、妹達とかなり楽しく過ごしていました。
色々な話をしたりだとか船(漁船のような感じ)を走り回ったり、
従兄弟たちが持っていたワンピースを一緒に読んで見たりだとかお菓子を食べたりだとか。
花火が始まるとやはり子供なので興味はそちらに移ります。『凄いね』『綺麗だね』とか言って笑い合いました。
散々はしゃいだ後だったし海の上だったので帰る頃にはすっかり私は気分が悪くなってダウンしていた所を
彼女が膝枕してくれました。港に着くまでずっとそうしていました。
凄く顔が近かったのでキスしてしまった様な気がします。もしかしたらしてないかもしれません。
相当気分が悪かったので其の辺の記憶は凄く曖昧です。
その後また来年会おうねとバイバイして彼女と別れました。その後は色々あって船で花火を見ることはなくなりました。彼女とはそれから二度と会う事はありませんでした。

これで話は終わりです。『吊り橋効果』だとか『ゲレンデマジック』だとか理由付けはテキトーに出来ます。
今考えるとそれすら気のせいだったのかもしれません。
ただ言えることは『打算も計算もなくメリットなしでただ純粋に人を好きになれた
』時期と言うのは、
きっとあの時期だけだろうな。と思います。とても素敵な事です。

ただ仮にもう一度、彼女と会うことが出来たとして今、同じ花火を見てもきっとあの頃と同じ気持ちで見れることなんて二度とないのだろうなと思います。
変わりゆくのは正しいけれど、少し寂しい気持ちになりますね。

おわる。

ほいじゃ。



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未成年には分からなかった / 著者:公民たん - ch13

こんにちは、公民たんです。三度の飯よりシュークリームが好きです。



さて、今回のテーマは宝くじですか・・・



未成年者からすると、なかなかとっつきにくいテーマを選んでしまいましたね。。。



いうまでもなく、未成年者は単独で宝くじを購入することはできません。民法で未成年者の契約にはお父さん・お母さんなど親権者の同意が必要であると定められているからです(逆にいえば、保護者の同意書があれば購入することが可能)。



わたしは19歳なので、まだ1人で宝くじを購入することができる年齢ではないのですが、たぶんこれから先も宝くじは購入することはないと思います。理由はいろいろ挙げられますけど、やっぱりお金を無駄にしてしまう可能性のほうが高いのが最大の理由ですね。宝くじとは少し離れてしまうかもしれませんが、わたしの先輩で(おなじギャンブルの)パチンコをやってる方がいらっしゃるんですけど、その方も1度失敗すると10万円くらい損をするとおっしゃっていて、「そんなお金の失い方はしたくないなぁ・・・」っていつも思ってます。あくまでも主観全開の考え方ですが。



そんなことより、シュークリームたくさん買っちゃおうぜ!

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大人たんは大人になりたかった / 著者:大人たん - ch3

「お酒は、美味しいよ」 - と、誰かが言います。

お酒も、麻雀も、株取引も、ファッションも、結婚も、塩辛いものも、社交ダンスも、通勤読書も、畳も、そういうものの「良さ」や「魅力」のようなものが、ずっと分からなかったのです。オトナになったら分かるよ、という常套句ばかりが宙を舞い、私の一端の思春期は、「オトナ」というものを何一つ掴めずに、緩やかな失望と共に終わっていきました。

大人という言葉には、これまで、たくさんの人がたくさんの意味を与えてくださり、手垢でびっしり、油汚れ大好きなジョイをいくら投入したところで、もうその汚れ(歴史)が落ちることはないでしょうね。精神的に成熟することだとか、20歳を越えて自責を理解することだとか、子ども期を経たがもう子どもではない存在という否定形の定義であったり、社会に出たら大人だという考えの人もいると存じております。

だから、「大人とはこういうものだ」という単一の見解を打ち出したところで、その定義はすぐに現実という手のひらの指のあいだから、ぽろりと零れ落ちてしまうようなものなのだと思うのです。そのため(というわけではありませんが)、大人たんのつぶやきでは、何回も定義し直すことを試みており、現在は92個(+α)の更新があります。たとえば、

大人というのは、諦めながら探すと探し物がうまくいくことを知っています。備え付けの不器用さのせいで、私たちはついつい「ない場所を探してしまう」ものです。そのうえ同じところを探してしまいます。「探している場所を優先的に諦めて何度も切り替える」ことで、探し物はうまくいくのです。(92)

大人というのは、没批判的になれる人です。誰の悪口にも共感せず、誰の愚痴にも同情せず、誰の嫌味にも激情しません。しかしそれを無視するわけではなく、バランスのよいところに立って、それらの「言葉の裏地」にある隠されたままの感情まで、奥深く聴いてあげることのできる人なのです。(26)

大人というのは、幸か不幸かという稚拙な二項対立に逃げ込まず、「幸福だった日々にも増して、不幸だった日々でさえも捨て難く思えるか」を問い続ける人のことです。不幸だった日々に敢えて人生を見出すことで、「自分の人生を全肯定すること」を誰かにしてもらうことなく自分で出来るのです。(51)

このような方式を採用しており、フォロワーさんの方に、できるだけ「大人というのは種々様々だし、種々様々なのが大人なのかもなあ」みたいなことを感じていただければなあと思って、ゆっくりではありますが、少しずつ、着実に、定義(のやり直し)を増やしております。

その中で、定義とは関係なく、「大人たんは大人だなあ」と感じていただくことができれば、私の居た意義もあったのかな、なんてことを思うのです。たくさんやり直してきた大人の定義の中から、あるいは私が何度も何度も定義をやり直すその姿から、<自分なりの大人というもの>の切れ端を見つけ出し、その種を大切に大切に育てあげていき、「最初の切れ端は、大人たんから見つけ出したものだけれど、今はもう私が私のために育んできた<大人というもの>を持っているんです」という境地(?)にまで至っていただけたら嬉しく思います。

要するに、大人というのは、「自分だけに宛がうもの」なのです。私にとっての大人、という在り方しか、現実には無いのだと感じております。それは、どうしても、自分で見つけるしかないものですし、他人から丸ごと与えてもらうものでもないのです。それぞれが、どこかのタイミングで、「あ、こういうのが大人なんだな」と感じ、それを自分のなかで仕上げていくことで、それぞれの"大人観"みたいなものが萌えていくもの。

私が初めて大人を感じたのは、お酒の席にお呼ばれして、お酒を楽しそうに呑んでいる人たちを見たときでした。隣の方に「何がそんなに美味しいのですか」と尋ねると、「んーよく分からないけれど、お酒は、本当に美味しいよ」というのです。ビールは苦いし、カクテルならジュースの方が良いし、日本酒はまるで罰ゲームだし、ウイスキーは味がイライラするし、スピリタスは自傷行為だし、果実酒はやっぱりジュースの方が良いし…なんてこと思ってたら、ますますお酒の何がよいのか分からなくなっていきました。

それから幾年か経て、懸想人にたくさん飲まされ、だんだんとお酒へ接近することへの抵抗がなくなっていき、少しずつではありましたが、お酒の美味しさというものを掴みかけたのですね。(逆に言えば、お酒の美味しさというものが私の心のホックに引っかかってくれたということです)。そのとき、「私の知らないお酒という理法を、あの人たちは理解していたんだな」と、しみじみ思いました。

「あの人たちは、私の知らない楽しみ方を、心から知っている」というのは、私にとって「大人」を感じるのに充分な事実でした。それからというもの私は、大人がどんな理法(私の知らない物事の楽しみ方)を知っているのだろうか、興味がどんどん湧いていきました。

「生主」なんて言葉が完成する前に、ニコニコ生放送をやってみた時期もあります。碁打ちに囲碁を習ったこともあります。パンを焼いてみたこともあるし、社交ダンスを踊ってみたこともあります。俳句を詠んでみたこともあって、株取引をやったこともあって、有名人の講演会にも参加したことがあります。

どれも「何でそれを面白いと思っている人がいるのだろう」というのが、行動の火種でした。そのとき「私は子どもなんだな」と悟ったのです。何でもかんでも興味を持って走り回っている自分をメタ認知(というか俯瞰視)して、これはまさに子どもじゃないか!と喝采しました。何の理法も知らなくて、何の楽しみ方も知らなくて、大人が楽しんでいる「それら」に、ただ必死に、しがみつこうとしているだけの、未熟な子どもなのだと感じました。

今は少しぐらい大人になれたでしょうか。少なくとも、自分のことを子どもだと思っていたときに知らなかった理法を一通り知ることができ、それに少し満足しているから、「成長」とか「成熟」みたいなものはあったのかもしれませんね。もちろん「私なりの」という枕詞が、そこには必要ですけれども。

というわけで、これはあくまで「私にとっての大人」「私なりの成熟」の話ですが、みなさんが大人になるときのヒントにでもなれば、とても嬉しく思いますよ。

それでは、また会いましょう。

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chiasma 22:「『打破』の仕方」

chiasma22:「『打破』の仕方」
・「打破とは、文字通り何かを打ち破ること。障害をとりのぞくこと。」(九条朔良)
・「打破などないと知りながらも」(らららぎ)
・「『打破』の仕方」(西洋中世史たん)


*皆様いつも興味深いきあずまをたくさんたくさんありがとうございます。今後も御題は、拍手、コメント、ツイッター、ラインなどなど、どこからでも受け付けております!


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宝物のある場所 / 著者:ドーナツ - ch21

カトリックのミッションスクールに通っていたので、学校で聖書の言葉が書かれたカードをよくもらっていた。
どれも代わり映えしない、正直見飽きた言葉ばかりだったが、あるときもらったカードの「あなたの心のある場所に あなたの宝もある」という言葉は、なんだか胸に迫るものがあった。

これが、私の好きな言葉だ。
深い意味はないがよく英語で紹介しているので、英語で引用しよう。

For where your treasure is, there your heart will be also. (Matthew 6:21)

中学1年の国語の授業で「宝物を紹介する」というテーマでスピーチさせられたことがあった。
その時、何を紹介したのか全く覚えていない。
が、何を紹介するかものすごく悩んだことだけは鮮明に覚えている。

私の宝物。
一体なんだったのだろう。
今の宝物は一体何なのだろう。

大切にしているものは確かにある。
本だったり、誰かからもらったものだったり、長年使ってきた品だったり。
だが、本当に大切にしているのは、その品そのものではなく、その品にまつわるエピソードやそれを取り巻く人のことではないだろうか。

これが私の「宝物にまつわる違和感」だった。
宝物を紹介するとき、宝物そのものではなくそれにまつわる話をすることになる。
大切にしているのはあくまでも「まつわる話」の部分であり、モノそのものにそれほど執着が持てなかったのだ。

例えば、私の宝物の一つに尊敬する先生からいただいたスカーフがある。
スカーフ自体はもちろん本当に本当に大切なものだ。必ず手元に置いて、なるべく綺麗に保存するようにしている。
だが、スカーフそのもの以上に大事にしているのは、そのスカーフにまつわるエピソードであるということが否めない。
スカーフがその先生と私に共通する意味を持つこと、スカーフをいただくに至った経緯、先生が私にスカーフを贈るという行為をしたことで深まった関係性。

そこに、「私の心がある」のだ。

もし津波に襲われて、そのスカーフが海へ流されていったとしても、スカーフにまつわる思い出は変わらないし、スカーフを贈られたことで深まった先生への敬愛の念も変わらない。
残念に思うことは間違いないけれど。

「あなたの宝のあるところに あなたの心もある」という言葉は、人間が人間として生きる中で、他者を愛おしく思い、他者に心を寄せてもいいのだと私に教えてくれた。
宝物と言える品は確かにいくつかあるけれども、私が愛している他者も私の宝物であり、私の心の片隅にはその人たちが存在する。
そして、私が自暴自棄になってもはや自分の心の中に自分しか存在できなくなってしまいそうなとき、その人たちは驚くほど寛容に私のことを受け入れてくれて、私はその人たちに思いを寄せていたことを再確認する。

心の場所は一つだけではない。
出会えば出会うほど、愛しく思えば思うほど、心の拠り所が増えていく。
そう思うと、とても楽になった。

独りよがりな苦しみに視野を狭めるとき、私を救ってくれたのがFor where your treasure is, where your heart will be also.という言葉であり、この言葉もまた私の宝物である。

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