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みんなでしんがり思索隊

書いてみよう、それは案外、いいことだ。 / 載せてみよう、みんなで書いた、幻想稿。
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『こんちくしょう、』精神 / 著者:てだ - ch29


 私が小学生のころ、漢字テストはいつも満点だった。本をよく読んでいたから、特に読みの問題は呼吸をするようにできていた。
 そして母に結果を見せびらかしに行く。これで満点を取ったのは、私と、あともう2人しかいなかったのだ。ほめられて当たり前なのだ。しかし母は解答用紙を一瞥してつまらなそうに、

「こんなのできて当たり前でしょ」

と言い捨てやがった。その後は私がいくらクラス全体の得点状況を説明してもムダなのだ。なべて「あっそう」しか返ってこないのだ。許せん。そんなやりとりが、算数でも理科でも続く。
 確かに小学生の漢字や算数など大人から見れば屁でもないのは事実だ。経験と年月が違う。それはもうとうてい縮みもひっくり返りもしない。ある程度成長した現在だってろくにほめられていない(某有名大学に合格したときも半笑いの「おめでとう」だった)。
 それでもいつか認めさせてやる、と思って、私は歯をくいしばっていた。「こんちくしょう、」
 部活動の時はさらにどうしようもなく、自分より才能も努力も足りない先輩から指図される時は相づちこそして、絶対従わなかった。心の中で絶えず呟いていた。「こんちくしょう、こんちくしょう、」

 このように理不尽な上下関係の記憶はあるものの、私は年功序列な世の中に反対しない。
 だって、素晴らしいんだから。ちょっとだけ所属期間が長いってだけで偉いんだから。とても平等じゃないか。どんどんうわべで敬っていこうじゃないか。それで組織は安定するのだから安い。

 逆に私が上に立ったときはどうだったか。
 それはもう、下っ端時代の『こんちくしょう、』精神で磨いた実力で人の上に立つようにするしか考えられなかった。気さくに出ようが、卑屈になろうが、後輩は無条件で私を敬ってくれる。それはもう育った社会構造のせいで、私個人がどうにか変えられるものでないと考えていた。だからせめてその関係が理不尽なものにならないよう私は努力するだけだった。私の後輩、私に関わる人にはみんな成功体験をしてもらいたくて、けれども私自身の魂は『こんちくしょう、』のままだった。幸か不幸か私の地位を脅かすような後発を目の当たりにしたことはまだない。

 『こんちくしょう、』精神を行使するためには、抑圧してくる上の連中がいなくてはならない。
 何にでも当てはまるとは思うけれど、抑圧と抵抗のせめぎ合いの間にすばらしい成功が見える。私は現時点ではどちらかといえば後発の存在である。認めてくれなくてけっこう。ある構造を抜け出そうとするじたばたもまた構造の一部。私はそれでも構わない。いつか突き抜けることを信じて、今日も「こんちくしょう、」と吐き捨てている。

 人生とは、世の中とは、理不尽なものである。たぶん私はその真理をまだ完全に理解していない。私が今まで経験したことがらよりずっと辛くて苦しいことが、社会の中にはたくさん潜んでいるのだろうと思う。誰もが『こんちくしょう、』と唱え続けられるわけではない。けれど私は極度の負けず嫌いで、なによりも若いので、いずれ打たれるとしても力のかぎり伸び続ける愚直な杭でありたい。

 「『こんちくしょう、』精神」というワード中の「、」は「ここでくすぶってたまるか」の意思表示。生意気にも言葉を続けてみる、狼煙はそこから上がるのだから。












(編集・校正責任:らららぎ)

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端数としての人生 / 著者:らららぎ - ch18

*「タン」と読むか、「は(し)」と読むかで、意味が異なる《端》。読んでいくうちに分かると思うけれど、僕は「は(し)」の方で使う。だから、「端的」とか「端正」といったときの意味は含まないで書くよ。このお題は「しんがり」を意識して作られたっぽいので、それについては編集長で数学ジャンキーのぶたさんに譲るとします。




 分かりやすいことは善いことである――という退屈な幻想は、《中途半端な存在よりも、キリのいい存在の方が善い》という幻想を連鎖的に生み出す。そういう幻想に賛成して生きている人たちは、自分という人間が「綺麗な数で割り切れる」と思い込み、自分にとっての「端数」を切り落とし、見かけ上の「一人前」を完成させる。

 人間なんて、到底、綺麗な数で割り切れるような存在ではなく、いつだって「約一人」という中途半端さを妥協的に背負い込んで生きているものである。根源的に「半端者」な僕たちは、いつだって《小数点以下の分際として》存在することを余儀なくされている。

 それを理解すればするほど、自己紹介が不能になっていく。《私》という存在は、小数点以下に広大なスケールを有しているため、どうにもそれを言葉で咄嗟に語り出すことはできないのだ。「4.8901213805989102」みたいな、豊かな広がりを持っている「端数な存在」の、整数「4」だけを抜き出して説明することは、なんとも退屈で、なんとも無意味に感じられる。われわれの個性は実数にあらず、いつも小数点以下の有理数に隠されているといえる。

 「顕微鏡を持ってこい、小さい数の大きなスケールを見ておくれ」――そこに僕らはいる。君が大差ないと思っていた存在には、信じられないほど豊かなスケールがある。「4」で知った気になるな。「4.8」で知った気になるな。「約5」にするな。分かりやすさ、それそんなイイですか。

 もうひとつの幻想――「私のアイデンティティは中央(実数)にある」。アイデンティティというのは、いまでこそ「俺はオタクだ」とか、「私はこのサークルの一員だ」とか、「僕はこの企業のために命を捧げる」とか、「ブランド品についてなら何でも知っている」とか、「君のためなら死ねる」とか、「俺はつまらないものが大っ嫌いなんだ、面白いものがないと生きていけないぜ」とか、そういう分かりやすいものに求められるようになったけれど、そんなのは誤ったアイデンティティである。僕らのあまりに個人的なことはほとんど全て、小数点以下の切り捨てられがちな《端》にある。終わりがけていて、隠れがけている、陽の当たらないそこにある。

 空港に行って、お土産を選んでいるとき、どうしても「絶対に誰も買わないだろうな」と思われる人気絶無の商品を買ってしまう。《買い支える》という表現の方が実情にあっている。誰にも買われないだろうものを、大丈夫、僕は気付いているよ、僕は認めているよ、と、まるで自分を鼓舞するかのように購入する。情けなく思えるかもしれないが、そういう切実な世界で生きている。

 他者から見て端数だったり、半端者だったりするからといって、僕もそれを端数だの半端だのに思う必要はない。ドラクエの経験上、端には宝箱がある。ときには災難(ミミック)もある。宝や難や――そういう振り幅の大きな経験が、面白い人生、個性的な人物というものを作り上げてくれると信じている。端というのは、そこに立つものしか知らない世界や環境があるのだ。そこに個人の価値があり、それを伝えていく難儀な仕事が、僕は好きなのかもしれない。

 もちろん、「分かりやすさが善さだ」という美風に酔っている社会に出れば、「面接番号20番の君、そうだよ君だよ。君という存在は5なのかね、6なのかね」と尋ねられる。そういう社会は、これからもしばらく続くだろう。そういうときに「いえ、私は5.329706431892です」と答えるのはナンセンスだ。他人の端数にかまっていられるほど、いまの情報化社会は暇じゃない。だからといって、それを人間関係に持ち込むようなミス(経済的合理性を追求した結果の非合理)を、おかして欲しくないというのが、僕の願いだ。

 誰もが端数を生きている。いやらしく言えば、端数にしがみついて生きている。人間であれば《大差ない》ことなど、誰もが知っていて、その人間というものが増えすぎて、僕らは狼狽する。そこから逃げるために、お金持ちになりたいとか、有名人になりたいとか、イケメンと結婚したいとか、どうにかして《勝ち組的な大差》をつけようとあがく人もあるだろう。「4」のやつが「10」になろうと、スケールはひとつしか変わらない。でも、「4」のやつが、実は自分が「4.638920283746110078」だと気づくことができたら、スケールが18もあったことに気づくのだ。個性というのは、数字の大きさではなく、スケールの大きさなのかもしれない。そして、これもまた幻想である。おわり。

 しーゆーれーらー

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chiasma30:「私の通過儀礼」

chiasma30:「私の通過儀礼」
・「iPhone6」(蛙教授)



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iPhone 6 / 著者:蛙教授 - ch30

iPhone 6を買った。128GBのシルバーだ。現在存在している中で、僕が最も欲しいと思っていたスマホだ。
iPhone 6 Plusでは、ハード的にもソフト的にも不具合が多いと聞く。最大容量の128GB以外では容量が足りないというのは判っている。僕は初代iPad Air 128GBを使っていて、64GBでは足りなかっただろうという事を毎日痛感している。128GBで足りないと感じたことはない。カラーもiPhone 5sならゴールド一択であったが、更に大きな筐体でゴールドとなれば、締りが悪いし、スペースグレイも何か違う。
其のような理由で、iPhone 6 シルバー 128GBは僕の最も欲しかったスマホだ。

さて、此処まで書いてきて、「なんだただの自慢話か」と思われる向きもあるかも知れない。今回のエントリは自慢話に留まらない。いい歳した人間が、親子関係の拗らせについて言及する場である。端から見れば、「え、そんな下らないことで」と思われるだろう。だが、僕には重要なことだ。

話は僕が15歳の時にまで遡る。当時、僕は山岳部に所属していた。山に登る部活だ。持っていたのは、防水防塵のついて居ない、限りなく運用コストの低い携帯電話だ。僕は親からの愛情を試すように
「山では連絡手段が、文字通り生命線となる。遭難して連絡手段を失っては僕の生命に関わる。ヘリコプターが飛んで、其れがもし民間に依るものであれば、400万〜600万程飛ぶのが相場だ。だとすれば、金銭的にも、人命的にも、先ず最初に補填すべき、重要視すべきは堅牢性の高い携帯電話の購入だ」
と言った。何度も言った。然し、返ってくる答えは、此方の主張を理解しない頓珍漢なものばかりであった。僕の主張を理解した上で、排斥しているのなら解る。尊重されているし、自分も納得の行く説明が為される。然し、どうだろう。どんなに真剣に考えても、どんなに情報を収集しても、どんなに解りやすく説明しても、どんなに回数を重ねて説明しても、返ってくるのは場当たり的で、感情的な返答。

「契約した時の店員の態度が気に入らない」
「妹達の手前、一人だけ立派な携帯電話を持たすことは出来ない」
「説明を聞いていて眠くなってきた」
「本体代金や月々の基本使用料の料金システムが理解出来ない。理解出来ないものに金を払うのは、何が出てくるのか解らないガチャポンに金を掛けるのと同じだ。私はガチャポンの類に金を掛けない」

気に入らなかった。勿論、納得の行く説明もある。平等の観点から、兄妹で異なる価格帯のものを買い与えるのは確かに良くないだろう。然し、こっちは自分の生命が掛かっているのだ。優遇されて当然ではないか。自分は将来、一角の人物になると信じて疑わなかった僕は、将来大成するための芽を摘むような行為に対して糾弾するのが当然だと思っていた。僕はエゴイストだった。

其後、僕の主張を聞き入れないばかりか、不誠実な応答しかしない親を心配させ、後悔させるために、僕の登山への熱が上昇していく。

雪山に登った。厳冬期の八ヶ岳だ。二泊三日の幕営。装備は食料含め一人30kgのザック。当時先輩からは「先輩から語り継いで来た、此処15年ぐらいのなかで、最も寒い時でも-13℃だから大丈夫。そんなに困らないよ」と言われた。実際に僕らが登った時は、未だ太陽の輝いている昼の三時半の段階で-19℃。十数年に一度の大寒波と、僕が人生初体験となる雪山の日程が被ったのだ。夜中に至っては-30℃を下回って温度計が振りきれていた。ジーザス!
ウールの分厚い靴下2枚を含む、靴下4枚重ね。下はGORE-TEXのレインスーツを含む5枚重ね。上は同じく、GORE-TEXのレインスーツを含む9枚重ね。食事の時以外は、常に帽子と目出し帽を着けていた。それでも寒い。本当に寒い。存在しているだけで、大気に存在を全力否定される事が人生に何度あるだろうか。あぁ、僕は存在してはいけない存在なのだと一面銀世界を前に思う経験をしたことがある人は、此の文書を読む人の人の中に何人いるだろう。入山3時間にして、足の感覚が無くなり、結局感覚が戻ってきたのは下山した三日目の昼だ。

雪山だけではない。当時の家から高尾山まで自転車で15分のところにある。朝の5時に起きて5分で支度を済ませ、15分で高尾山口まで自転車を走らせる。高尾山の中でも険しくて、舗装のされていない自然六号路、稲荷山コースを好き好んで登った。全力ダッシュで45分〜50分。山頂で5分間の休憩を入れる。下山は全力ダッシュで20分〜25分。其処から自転車で家に戻って、シャワーを浴びて、朝飯を食べて、更に自転車で学校に行く。そういった生活をしていた。文字通り、朝飯前に登山をするという生活だ。

休みの日ともなれば、絶対に歩くのを止めないという縛りで山行した。高尾山口〜高尾山山頂〜城山山頂〜景信山山頂〜明王峠〜陣馬山〜奥多摩南部までのルートを一瞬足りとも止まってはいけないという縛りの中で黙々と登って、黙々と引き返してきた。最初の7,8時間は時速7kmの早歩き、疲れてきても時速3kmを切らないように意識を保ち続けた。食料を口にする時もカロリーメイトなどの歩きながらでも食べられるサイズ、包装のものとした。水分を補給するときは一度に飲む量を舌に乗る程度の量に留めれば、12時間程度ならトイレに行かずに済む。そうやって、一日70〜80kmの距離を稼いだ。

純粋に、一人で居ること、一人で延々と作業しているのが好きだというのもあるが、親に対する当て付けは大きい。心配症で依存的であるのにも関わらず、知性も教養もなく、自分で調べる、相手の話を真摯に聞くという誠実さもない、一方的な愛情が何よりも許せなかった。其の一方的な愛情を試すかのように、自分は迷惑を被っている事を自覚するために、延々と自分を危険な場所へ、ストイックな山行へと自らを導いていった。

反面教師として、「相手が話している時は真剣に聞かなければならない。相手の話を遮ってはならない。相手の話を正確に聞かなければならない」という気持ちが強い。半ば強迫的ですらある。一対一で話している時に相手の話に集中できていなかった、相手が心を開いてくれているのに其れを誠実に受け止めていなかったと感じる瞬間があると、非常に後味が悪く、自責の念に駆られる。然し、罪悪感、恐怖、不安、自信の無さというのは、出来るだけ安全な方へ、出来るだけ後悔しない方へ、出来るだけ安心できる方へと偏っていく。行動は萎縮し、未知なものを避けてしまう。僕は、保守的になっている事を自覚した時点で、意図的に新規性のあるものを取り入れる期間や態度を取ろうとしていた時期もあった。厳密に言えば、其の時期は今でも続いている。だが、保守と新規という二項対立の中での枠組みに問われている時点で、其れは自分の経験情報に準拠した論理的なものであり、更に繊細で、更に大体な選択を取ることが出来なくなってしまっている。重要なのはリズム感と感性だ。最近になって自覚した。
此れは経験した事が無いから、取り組んでみよう。此れは未経験だから挑戦してみよう。そういった基準で何か新しいものに取り組もうとするとき、其れは自分の感性で選んでいるのではなく、今までの過去の記憶と照合して、自分の中に取り込んでいく行為だ。意図的に、自分の趣味、自分の過去から連続性の無い区画を自分の中に作る事で、自分の世界が拡がるというシステムは、所詮は、未知を既知に塗り替えていくだけの塗り絵に過ぎず、新しいものを構成していく、新しいものの波に乗って行くという訳ではない。重要なのはリズム感だ。

本稿の総括として、自分の中の成長物語を単純化して描いてみたい。
一方的で人の話を聞かない親からの過干渉のシンボルとしてケータイがあった。一方的な好意、行動を避ける為に、自分からアプローチしない保守性と相手の話を誠実に聞こうとする態度を身に付ける。然し、其れは強迫的になり、其れが少しでも怠った時に強い罪悪感や不安を感じるようになってしまう。罪悪感や不安を感じないようにするために、安牌を切ってばかりいる。其れに自覚的になったときに、コンスタントに「新規性を摂取する」というコストを払う事に決め、実行する。然し、其れの限界を感じる。重要なのはリズム感だという事に気付く。親から望んでいた形でスマホを買い与えられる経験を経て、最初の拗らせの原因が無くなり、重荷が減る。

さて、此処まで読んで、「なんだよ。いい歳して、親にケータイ代払わせるなよ。スマホなんて自分で買えばいいじゃん」という向きもあるだろう。だが、それでは駄目なんだ。イニシエーションとしてのプレゼントがある。僕にとってiPhone 6というのは紛れも無く、一つの通過儀礼として重要であったし、其れを自分ので購入してしまえば、永遠に解決することのない関係性というのも存在する。そういった、気持ち悪さを自覚した時点で、涼しい顔をせずに自分の気持ち悪い所を文章にして公開したいと思いましたとさ。おしまい。

ってしたかったけど、ちょい補足。いやー、なんというか、こういう「自意識拗らせてます。繊細なんです」っていう文章は読むのも、書くのも苦手だったんだよね。だからこそ、此のしんがり思索隊で書いてる文章も、やたら堅い文体で書いてきた。普段の生活でも、そういうのをアッピールするのが嫌だった。だって自分のどうしようもない弱みを見せることになるじゃんね。でも、最近になって、鎧で固めてるだけの生活とか文章作成とかしてるのが馬鹿らしくなったというか、其れをしてる間は時間が進まないし、さっさと季節を変えたいなっていうのが自分の中であったんですよね。元々他人が攻撃性を露わにしてたり、悪口言っていたり、感情的な非難してたり、人格否定してたりとか、すっごい嫌いだったんすよ。嫌悪感が強かった。でもね、偶、親に対して知性がない、教養がないって電話口で説教してる人の近くに居るときに、もう、なんていうか、10年ぶりぐらいに"溜飲を下げる"感覚を味わったんですよ。其れが最近。あぁ、僕にもこういう感情があるんだな。醜いなって。其の出来事の前後で、こっちはまた別の出来事がきっかけだったんですけど、元々自分って感覚で生きてた人間だ、なんとなく"流れ"を掴んで、なんとなく上手く行って、其れも確信とかじゃなくて、漠然とした自信に支えられた「なんとかなるっしょ」精神で生きてた人間だって思い出し始めてたんですよ。まぁ、そんなこんなで、こういう文章を人生のマイルストーンとして、公開しといて、あの時は俺は馬鹿だったな、幼かったなって思えるようにしたいですね。今度こそ、本当におしまい。ではでは。







(校閲責任:らららぎ)

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恩と言えば先生を思い出す / 著者:ドーナツ - ch24

恩と言えば、である。
幼少の頃から親を悩ませる変態だった(らしい)私は、私が他人に与えてきた恩以上の物を受け取ってここまで育ってきたはずだ。
その中でも特に印象的な存在は、その名の通り「恩師」である。

思えば昔から師に恵まれてきた。
小学校の担任とは今でこそ途切れてしまったが、大学受験の結果報告はしたし、中学・高校は一貫校に通っていたこともあり多くの先生に今でも目をかけてもらっている。中学・高校のときお世話になったチェロの先生は本当に素敵な方だった。
大学に入ってからはいろいろな先生にご飯を食べさせてもらい、進級もさせてもらい、留学の推薦書もお願いした。大学の先生方には、時に居酒屋で人生相談をすることもある。
留学中の今も、出来の悪い私を気にかけながら丁寧に授業をしてくださる先生に出会うことが出来ている。行った先々で素晴らしい師に出会えることがここに来て証明された。

中でも、高校の恩師は格別だ。
高校時代にも散々面倒を見てもらったが、卒業してからも親と変わらないか少し少ないくらいの頻度でメールのやり取りをしている(もっとも、私はほとんど親と連絡を取らない人間なのだが……)。
私が16の時から私のことを知っているわけなので、私の人生における激動の時代を密かに見守り、時にアドバイスをしていたのが彼らだ。高校時代といえば自分を語る言葉を持ちあわせていない時期だったが、その頃の私の話をよく聴いてもらった。
同時に、どうも私と気が合うらしく、久々に帰省していっしょにランチしたら、かつての教師と生徒という関係性を感じさせないようなトークの弾みっぷりであった。
とにかく、書くのが面倒になるほどの恩を彼らからは受け続けている。

大学の先生からは物理的に恩を受けている(ご飯を食べさせてもらっている)ので、出世払いしたい先生が在籍2年半あまりでたくさん出来てしまった始末だ。専攻の先生からは「共同研究室の掃除手伝ってくれてありがとう飲み会」という全く持って趣旨のわからない飲み会でおごってもらったことがあるのだが……
それ以上に、私のようなちゃらんぽらんな学生を日々温かく、時に生暖かい目で見守り、必要な時に必要な指導をしてくださる彼らの優秀さや人間性には本当に頭が下がる。

ここまで書いてみて、小学校のことを思い出してみた。
しかし、あまり記憶がない。したがって、受けた恩の記憶もない。
ただ、なんだかんだ言って小学校卒業時の担任は好きだったような気がする。

子どもというのは残酷なものだ。
彼らはおそらく「恩を受けている」という意識を持ち合わせていない。かつての私がそうだったように。
だから、どれだけ大人の私が子どもたちをかわいがったとしても、親戚でもない限り忘れられてしまうのだろう。世知辛い世の中だ。

ただ、「子どもの頃に会ったあの人、面白かったなぁ」と彼らの印象に残ってくれればそれで御の字だ。
ここ最近かわいがっている子どもたちの姿を思い出し、そんな思いにふける週末の朝であった。

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紙に書く,ということ。 / 著者:開発室Graph - ch25

. ここ最近はずっと「紙」と「人間」のあり方について,付き合い方について考えてきました。情報技術が発展してきたこの世の中では,紙の役目は終わりつつあるようにも思えます。
  実際に本は読まないけれど,「ブログ」は読むという人,手紙は書かないけど「メール」や「LINE」は使うぞ,という人などなど。人間は少しずつ,実際の物質である「紙」から離れつつあるようにも思えます。
  ぼく自身もデジタルを愛する人間であるので「紙なんていらないんじゃないの?」と思うこともしばしばありました。でも考えてみるとやっぱり「紙」は素晴らしいものであったのです。
  「紙」について書きたいことは,それこそ山のようにあります。デジタルとの関わり,検索できるか,人間との歴史,印刷機との関係‥などなど。考えれば考えるほどアイデアが出てきてしまって,なかなか1つに絞ることはできませんでした。
  でも今回はなんとか1つにして「書くこと」にしぼって話をしていきたいと思います。

  ぼくにとって書くことは「頭のもやもやを晴らす」ということが最も大きいです。書くことは考えることです。でも,ただ書けばいいかというと,たぶんそうではないのです。
  かつては「なにか書きたいぞ!」と思った途端にテキストエディタを開いて,思うがままにキーボードをタイプしていました。でもたぶんそれじゃあんまり意味ないんですよね。それだともちろん途中で書く内容がこんがらがってしまって,なにを書いていたのかわからなくなってしまうことが多いからです。
  なんとか気合で書き上げたとしてもそれは「もやもや」のままなのです。わかりにくいものが,わかりにくいまま外にひょいっと出てきてしまった感じ。

  だから最近は「一度それを紙に書く」ということをやっています。「コレだけは書きたいぞ!」ということを1つずつ紙に書いていくのです。その後で実際にキーボードに打ち込むことにしました。
  こうすることでじぶんが今なにを書いているのかよくわかるし,「もやもや」を晴らしていくことができるような気がしています。やっぱりぼくはどうしても「わかりやすい」ことを目指してしまうのです。

  ではなぜ「紙」がそのようなことを可能にしてくれるのか,についても少し考えてみました。やっぱり紙は「人間の思考スピードに寄り添う」ものであると思うのです。
  コンピュータはあまりにも高速すぎて,ゆっくり書きたいことを探すというのにあまり適していません。また,ほとんどの人がコンピュータに文字を入力するのにキーボードでローマ字を入力すると思います。これは当たり前のことのように思えます。でもそれは日本語の歴史で考えると,ずっとずっと最近のことですよね。
  ひらがなの「か」は「か」であって「k」+「a」ではありません。ましてや,ただの01変換されたデータの並びでもないのです。

  でも紙は違います。しっかりと日本語を日本語のまま書くことができます。
  コンピュータに比べて,時間あたりに書くことができる文字数は少ないでしょう。けれども,スピードが遅いからこそ,ぼくたちに「なにが大事か」を気づかせてくれるのではないか,と思うのです。きっちりとぼくらの思考スピードに寄り添ってくれます。そうやって「本当に書きたかったこと」を探す手伝いをしてくれます。
  もちろんコンピュータは文章を書いたり保存したりするのは便利です。でも「なにを書くのか」という,文章の根幹の根幹の部分はやっぱり「紙」が担うべきだと思うのです。

  また「紙」は基本的に「なにかを書くためのもの」です。折り紙とかダンボールとかありますがここでは置いておきましょう。だから紙は「書くことに集中させてくれる」のです。真っ白な紙を前にすると「他に余計なことは考えるな,ただ書け」と言っているかのようにも感じられます。テキストエディタと違い,矢印や絵を多用して本当に「思ったまま」書けるというのも強みの1つですね。
  コンピュータは違いますよね,ほとんどなんでもできる魔法の箱は便利です。でも文章を書くとなると,あの手この手でぼくらを邪魔してくるものです。すぐさまインターネットにつなげるし,ゲームはできるしといったところです。コンピュータは「創作者」になろうとするぼくらを即座に「消費者」へと変えてしまうものなんですね。

  手を使って書く,というのも同時にすばらしいことです。もちろん活字とかテキストファイルになった文章にもその人自身の味とか空気というものが出ていてよいのです。でも「筆跡鑑定」ということばがあるように,その人が書く「手書きの字」には,その人そのものが詰まっているようにも思えるのです。その人が実際に紙に書いてくれた何かというのは,なんだかその人の分身のような気がして,ぼくには大事なものであるかのように思えます。最近はそういうものをもらうというのも,めっきり減ってしまいましたが。

  そんなわけで,最近の「紙に書くこと」があまりなくなった世の中でも,やっぱりぼくは「紙に書くこと」を大事にしていきたいなあ,と思うのです。人間と文章とをずっとずっと結びつけてきた「紙」をこれからも大事にしていきたいな,と思うのです。
  と言いつつこの文章はコンピュータで書いてしまったんですけどね。

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上下関係は逆転する。 / 著者:こはく - ch29

僕らの社会には、いつだって上下関係がついてまわります。
学校、会社、家族、エトセトラ。
これまでの僕たちの常識では、上下関係は固定されたものでした。
教壇に立つ人が先生で、机に座ってその話を聞くのが生徒。
先に会社に入社した人が先輩で、後に入社した人は後輩。
生んだ人が親、生まれてきたのが子供。
という具合に。

先行者利益とでもいいましょうか、社会に先に参加した人たち―先輩たち―の下に後輩である僕たちは位置しているんです。

でも。

僕のこれまでの人生では、それを覆すことがたくさん起きてきました。
先輩が後輩になり、後輩が先輩になる。
上下の関係が逆転するような場面にいくつも出会ってきたのです。

学生時代働いていたアルバイト先で、僕はバイトの中では誰よりも長い期間働いていました。
でも、僕自身は自分のことを先輩だとは思っていませんでした。
だって僕は後輩たちに何も教えてはいなかったから。
むしろ僕がいろんな人たち―お客さんや正社員の方や後輩のバイト仲間―から教わってばかりで、気持ち的には自分の方が後輩なんだと思っていました。
でも僕が学校を卒業してバイトも一緒に辞める時、職場のバイト仲間たちが僕の送別会をしてくれたんです。
会の最後には(サイズこそ合っていませんでしたが)当時僕が好きだったポールスミスのベルトをプレゼントしてくれました。

その時、僕は感じたんです。

「ああ、僕はみんなから色んなことを学んでいたけれど、僕自身も気づかないうちに色々なことを教えていたのかな」と。

僕は後輩(少なくとも先輩という意識ではなかった)でいたつもりだったのに、実は先輩でもあったのです。

この共同ブログでも同じことです。
僕は文章は誰よりも下手くそですが、他の人には話せないことをみなさんにお話しすることができます。
それは僕であればファッションのことだったり、電子制御工学(ほとんど忘れてますが)のことだったり、精神病のことだったり。
僕だけの、ユニークなものを語ることができます。
そしてそれを適切なかたちで表現できれば(これは文章をうまく書くこととは関係がありません)僕の経験が誰かの学びになるんです。
僕はほんの一瞬、しんがりの読者さんたち、しんがりの参加者さんたちの「先輩」になるんです。
でもその直後、僕は同じ場において「後輩」になります。
ほかのしんがりの寄稿者さんが書いた、その寄稿者さんにしか書けない文章を読ませていただくからです。
あるいは読者さんから寄せられたコメントを読んでいるときだってそうですね。

あるときは先輩になり、あるときは後輩になる。
先輩だと思っていたものが後輩になり、後輩だと思っていたものが先輩になったとき、僕は会社や家族や社会で経験的に学んできた「上下関係は固定されたもの」だという常識は実は嘘なんだな、と気づきました。
何かに関しての先発とか後発なんてものはそもそも存在しない、僕はそう考えています。

僕が会社で働いていて精神病になった理由は、直接的には長時間労働にあるのでしょうが、今考えるともっと深い部分、つまり「上下関係が固定されている会社という場に僕が適応できなかった、その場を理解することができなかった」ことにあると考えています。

あの場所は、僕が考える「先輩」と「後輩」のバランスが保てていないんです。
先輩は常に先輩のままで、後輩である僕は常に後輩のまま。
僕は学びを得るばかりで、それをアウトプットする機会や場所がほとんどなかった。
それが原因で、病気になったんだと思うのです。

人体に置き換えて考えればある意味当たり前のことで、いくら質のいいオーガニックな食事を採ったって、それの不要な部分が体から出ていかなければ、排泄がままならなければ身体は壊れていきます。
インプットとアウトプットのアンバランスさ、「学び」に過剰にウェイトが置かれたことが発病の本質的な原因だと今では思うのです(会社の同期とは今も仲良くしています。年齢こそ違いますが上下関係がもともと存在しない関係、どちらも学びあい、教えあえる関係だからでしょう)。

僕が考える上下関係とはどちらかがずっと学ぶわけではなく、どちらかがずっと教えるわけではない、常に流動的で瞬間瞬間に入れ替わる、「学びあい、教えあう関係」なのです。
学んでいるとき自分は後輩になり、教えているとき自分は先輩になる、そう僕は思うのです。

・・・テーマにきちんと沿えているかどうか微妙なところですが、結論としては、学生時代、アルバイト時代にテーマである「後発を認めることができた」、従来の上下関係とは違う本当の上下関係に気づけた、ということになるでしょうか。
後発というか、僕が僕自身を認めることができた、と言う方が正しいのかもしれません。

こはく

PS.

さっき「バランスが崩れたから僕は病気になった」ということを書きましたが、適切なバランスであればどちらかに偏り「気味」になることは良いことだと思います。

後輩になる時間が多い人は、学んでいる時間が多いということ。
つまり成長の速度が半端ない人ってことです。
常に後輩の気持ちで日々を生きていると、多くの学びが得られると思うんですよね。
「僕はちっぽけな人間なんだ」
っていうのをポジティブな気持ちで捉えると、すごくいいのではないでしょうか。
だって、自分以外のもの全てから学びを得ることができるんですから。
ちくわ編集長の言うように、「いろぉんなことに興味をもって吸収」することが大事なのだと思います。





(編集・校閲責任:らららぎ)

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