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みんなでしんがり思索隊

書いてみよう、それは案外、いいことだ。 / 載せてみよう、みんなで書いた、幻想稿。
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紙は、凶器だった。 / 著者:こはく - ch25

こんにちは、こはくです。

『あなたにとって「紙」はどのようなものですか』。
このお題を聞いてぱっと思い浮かんだのが、『紙は私を傷つける凶器である』ということでした。
紙を「面」ではなく、「線」として見たときのお話をしたいと思います。

折り紙、チラシ、教科書。
これらの紙類と一緒にいるとき、僕は常に恐れを感じていました。
彼らが、僕を傷つけるであろうことを知っていたからです。
みなさんも子供の頃、紙で指を切ってしまったことが何回もありますよね。
あれ、あれです。
僕はあれがとても怖かった。
走っていて転ぶとか、友達と喧嘩して青あざができちゃったとか、そういう痛みとかとは種類の違う痛み。
なんというか非常に鈍い痛み、「シュッ」という音と共に血が出てきてじわじわと鈍い痛みを感じるあの感触が、僕には耐え難かったのです。

紙で手を切ったことはここ数年間ありません。
彼がつけた傷跡は僕の指に残っていませんが、心の中には彼によって傷つけられたという記憶が残っています。
学校の新学期に手にした教科書によってつけられた傷。
母に「そこのチラシ取って」と言われて手にしたスーパーの広告によってつけられた傷。
好きなバンドのライブチケットを封筒から取り出したときにつけられた傷。
そんなことが僕の人生にも幾度となくありました。

その反動なのかは分かりませんが、僕はデジタルの世界に逃げ込みました。
本の代わりに中学の頃はコントローラだけ触っていればいいテレビゲームに熱中し、高専時代には携帯電話、社会人になってからはスマホをいじってばかりでした。
紙に触れる必要のない生活、傷つけられることを恐れなくてもいい生活を選んでいたのです。

でも周知のとおり、紙は僕たちに色んなことを教えてくれます。
教科書を開けばこれから僕たちが知るべきことが書かれているし、学術書を読めば僕らの頭をある意味で強制的に働かせてくれます。
勉学だけでなく、ライブのチケットを窓口に差し出せば一度しか観られない体験をすることができます。
そして何より、紙は痛みの感覚を思い出させてくれます。

それを思い起こしてから、僕は紙と接する機会が増えてきました。
恐れていたものを乗り越えることで、僕は成長する機会を手にできました。
この共同ブログを読んでいる方は本をよく手にする勉強熱心な人が多いのではないかなあ、と僕は勝手に思っているのですが、もし昔の僕のようにデジタル漬けの日々を送っているのなら、久しぶりに本を手にしてみてはいかがでしょうか。
あなたの知らないことを、紙が教えてくれますよ。
あなたの忘れていた事を、紙が思い出させてくれますよ。

以上、こはくでした。
おしまい。

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