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みんなでしんがり思索隊

書いてみよう、それは案外、いいことだ。 / 載せてみよう、みんなで書いた、幻想稿。
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Life=生活と人生の一致 / 著者:ドーナツ - ch5

lifeという語は生活という意味と人生という意味の両方を持つ。
それに気づいたのは中学か高校の頃だっただろうか、その時はとても不思議だった。
だが、生活=人生であると気づき始めたのは最近のこと。

元も子もないことを言ってしまえば、一人暮らしなんて何とかなる。
この不器用な私ですら、2年間も一人で暮らしてきたのだ。
気負う必要はない。

ただ、常に虚無感という何かが欠落した状態が自分の身に迫ってくるという、何とも矛盾した気持ちをずっと感じていた。
何が欠落しているのかわからないけれど、何かが足りない。
それが恋愛とか友情とか、本業である学業であるとか、そういうことではなかった。

実家で家族と暮らしていたときは、おそらくその「欠落」が認識できなかったのだろう。
実家を出て初めて認識して、虚無感に苛まれ、焦りを感じるというサイクル。
だから何かをして埋めようとせずにはいられなかった。

最近ふと、「余裕がないのは嫌だ」などと思って、バイトをやめてみたりした。
ひとまず学業第一に、生活を楽しんでみようと思ったのだ。

そうしたら、なにか絡まっていたものがほどけていくように、するすると気持ちが楽になっていったのだ。

私の人生に足りなかったのは生活だった。
生活しているという実感がなかった。
自分で自分を追い立てて、「何かに夢中になっている自分」を作り上げて、生活をないがしろにしてまで人生を作ろうとしていた。

そんなのうまくいかないに決まっている。
それなら、うまくいくように生活してみればいい。

自分のために、誰かのために何かをすること。
日常レベルでちょっとした心配りを自己でもいいし他者でもいいし、どこかに向けてみる。
それは、ご飯を食べながらくだらない話をしたり、自分のためだけにちょっとおいしい料理を作ってみたり、お気に入りのワンピースを着てみたりするという、ただそれだけのことだ。

生活が一人の人間の「横の歴史」であるなら、人生は「縦の歴史」ではないだろうか。
緯糸と縦糸が織り合わさって、私やあなたの"life"が作られていく。
だから、「縦の歴史」である人生において大変革を強いられるときであっても、自暴自棄にならずに生活していたい。

要するに、QOLが大事ですよってだけの話なのだが、一人暮らしに不安のある人は、たまに自分を上手に甘やかせばいいと思います。

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