恩(debt)というのは、裏を返せば「負い目」(debt)かもしれません。あまりに大きすぎる恩を返すことができなくて、ついついそこから逃げ出してしまったことがあるのではないでしょうか――私にはあります。
また、私には、自分の幼稚さから「自分が犠牲になったことを強調する生き方」をしていた時期があるのです。俺はこんなに働いたのに、俺はこんなに金を使ったのに、俺はこんなに時間を割いているのに、俺はこんなに真剣にやっているのに、俺はこんなに教えてやってるのに、えとせとら。
「ほれ、俺のこれは恩だろ、負い目を感じろよ」という、情けなくて、貧しい精神性。そんなものに「否」を唱えることができたのは、かつての恩から逃げ出した自分を振り返ったからだと思います。
あなたには、どんな恩がありますか。また、どんな負い目がありますか。どんな恩から逃げ、どんな負い目を避け、いまを生きておりますか。どんな恩を感じて欲しいですか。どんな負い目を与えたいですか――そんなものはない!という方は、本当にないのかもしれません。そういう方は、ここで一度だけ、点検してみませんか。その点検具合を記述してくださったら、それだけでみなさんを益する素敵な文章になると思います。
恩や負い目について、自分のなかで逃げたくなるような「大きかった恩」の話、ついつい見逃してしまいがちな「小さい恩」の話。なんでもよいです。ぜひ、恩や負い目について、教えて下さいませ。
らららぎ