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記憶の伝言ゲーム / 著者:セカペン - ch6


 これを読んでいるみなさんは、《思い出を言葉にする》という作業をしたことがあるだろう。したことがあるという前提の上で、こう尋ねてみよう。

――今、話しているその思い出、本当にそのときの心のままなのかい?

 記憶というのは、とても曖昧だ。その上、アウトプットする手段が現段階では「言葉にする」しかない。

 言葉にするという行為を通すと、どうしても主観的なものが入る。「このとき、あの人がこう言ったの。それで、私、腹立たしくなったの」等、思い出を再生しているときに、自分がどう思ったのか、どう感じたのか、どういうことを言ったのかを付け足す。そのときに、「あの場面でこう思った」という自分の感想は、果たして本当にそのときの自分が思ったものなのだろうか。それとも、今の自分が思ったことなのだろうか。

 抽象的な話をしてもアレなので、記憶の伝言ゲームの例を「ドラえもん」でやってみよう。

 ドラえもんが「しずかちゃんのところに行こう」と言って、自室にいたのび太君にどこでもドアを出してみせる。のび太君は「しずかちゃんのところ? 行く行く〜!」と言って、ドアを勢いよく開ける。ドアの先には、裸のしずかちゃんが。「キャー! のび太さんのエッチー!!」のび太君はお湯をかけられ、謝りながらドアを閉めるしかなかった……。

 さあ、この出来事について、のび太君に語ってもらおう。

(出来事から数日後)
「ドラえもんが『しずかちゃんのところ行こう』って言って、どこでもドアを出したんだ。しずかちゃんと会いたいなって思ってたから、ドアを開けたら、しずかちゃんがお風呂に入っている最中でさ……。裸だったもんだから、怒っちゃって……」

(出来事から数ヶ月後)
「たしか、ドラえもんが『しずかちゃんのところに行こう』っていきなり言い出して、何も言ってないのにどこでもドアを出したんだよな。とりあえず、ドアを開けてみたら、裸のしずかちゃんがいてお湯かけられたんだ。あれって今思えば、ドラえもんの悪戯だったのかな」

(出来事から数年後)
「昔、ドラえもんのせいで酷い目にあってさ……。どこでもドア開けたら、入浴中のしずかちゃんのところに繋がっちゃって。あのせいで、しずかちゃんに嫌われたんだよ……。ほんと、あのときのドラえもんは信じられないよ……。きっと、あの少し前に、ドラえもんの好きなどら焼きを食べたことを怨んでいたんだ」

 どうだろうか。尾ひれや背びれがついた話になってはいないだろうか。

 これはたとえ話なのでピンとこない人もいるかもしれない。そういう人は「昔、親に怒られたときのこと」「友だちと喧嘩したこと」などを思い出してみよう。そして、その記憶について、自分が感じたものは後付けでないかどうかをじっくり吟味してみよう。

 こうした不確かで刹那の記憶を言葉にすると、どうしても抜け落ちる部分や付け足してしまう部分がでてくる。

 目で見たものを頭の中で映像化していくうちに、視界の角に映っていたはずのものたちが抜け落ち、頭の中の映像を言葉にする時点で細かな描写が切り捨てられ、言葉を声にして発する時点で情景が消え、よっぽどでないと人物と出来事しか残らない。その残ったものを少しでも豊かにするために、言葉にするの時点で多少の「肉付け」が行われる。

 さらに言えば、この「削ぎ落し」と「肉付け」の作業は、記憶を言葉にする度に行われる。とくに、当時は意識していなかった気持ちが無意識のレベルから意識のレベルにのぼってきて、思い出しているうちに「ああ、あのときの自分はこう考えていたのではないか」という気分になってくる。

 自分一人の伝言ゲームともいえる記憶の想起。その過程で行われていることは謎に包まれているが、少なくとも起きた事そのまんまを伝えるためには目にビデオかなにかを埋め込むしかないだろう。

 しかし、こうした「後付けされた記憶」こそ、僕らの生活の醍醐味ともいえる。僕らが現在や未来だけでなく、過去に返ってその場面を生きることができるという証明でもある。さらに言えば、過去の自分の「なぜ、自分は」を考えることで、現在のひっかかりを解決する糸口になりうるかもしれないのだ。

 あの頃の自分から今の自分まで続けられた伝言ゲーム。最初のものをありのまま伝えるという伝言ゲームとしては失敗しているかもしれないが、たまにはその記憶をたどって、削ぎ落した部分を拾いに行ったり、そのときの気持ちにできる限り戻ったりしてみようではないか。

 この伝言ゲームに勝敗はないのだから。
 悠@セカペンでした。






(編集・校閲責任:らららぎ)

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