《や行》(夕暮れ――善い――陽気――。)
【夕暮れ】(ゆうぐれ)――太陽が水平線の方へと沈み、遠くなっていき、太陽光にある長い波長の赤だけが残り、空が赤色に見えるその短い時間帯のこと。
赤は人を不安にさせたり、注意力を下げたりすることがあるそうですね。そこから「危険だ、安心できるものが欲しい」と判断がくだされ、帰宅願望が強まり、俗にいう「夕暮れ症候群」になるのかもしれないと考えられております。
またノヴァーリスという哲学者は、「哲学とは、家に帰りたいと思う気持ちのことである」と言っていましたが、哲学の色は赤色なのでしょうか。
ほら、高いところでちかちかと点滅するあのひかりです。 夕暮れ、日が沈むときになると、仄かに輝きだすあのひかりのことです。
(好きなもの の ひみつ / ネコ)
【善い】(よい)――望ましい状況であること。
「何が善いのか」を考えるのが規範倫理学と呼ばれる学問ならば、逆に「じゃあ善いとは何か」を客観的に考えるのがメタ倫理学と呼ばれるものです。
始祖ムーアは「善いは定義できないが、善いものは直観によって知ることができる」としましたが、最近では「善い(good)とは、行為主体が持っている目的に対する手段の有用性である」という定義も最近では出てきています。
人類はまだ「善いとは何か」について、よく分かっていないということです。もしこれを読んでいて、規範倫理学に興味がある方が、ぜひ倫理学者になって、さらに厳密な定義を作ってください。お願いします。
「自分がもともとどれだけ豊かに許されたかを思い出して相手を祝福しよう、自分を害するやつが裁かれることを求めながら日々を険悪に生きるのはあまり善いとは言えない。そんなことは神(教会)に丸投げして、あなたは自由な心で生きなさい、あなたはそうして良い人なのだ」ということである。
(人を呪わば穴二つ - シャッフルされる主語 / らららぎ)
【陽気】(ようき)――天候などが温暖である様子。天理教における「陽気ぐらし」は、昨日の後悔をせず、明日の不安をやめ、今日の喜びのなかで生きようという人生目標のこと。
もともとは、古代中国哲学における「陰と陽」(阴阳)の概念です。陰は遠心=拡散(の結果)、陽は求心=凝縮(の結果)を示しています。対立している概念でありながら、並行している概念でもあり、日本語のイメージだけで理解しようとすると難しいでしょう。
たとえば、お互いが影響しあって成り立つ概念なので、陰は「遠心の結果として陽性をふりまく」(温かい)、陽は「求心の結果として陰性を獲得する」(寒い)ので、日本語の絶対的で固定的なイメージとは逆の部分もあります。
「ら」は陽気と歓楽を瞬時に生成し、言語空間の音楽性を整える。
(調音点で活躍している音の群れ / らららぎ)
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