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みんなでしんがり思索隊

書いてみよう、それは案外、いいことだ。 / 載せてみよう、みんなで書いた、幻想稿。
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むすんで、ひらいて、概念語り(ちくわ、『あみめでぃあ』第二号の前書き)


 「ずっとやってきた伝統なのに!」
 「ぼくたちは卒業するのに!」
 私たちはあの日、概念を投げつけた――。
 
 私の小学校はいわゆるマンモス校で、秋の一大イベントとして音楽会が開かれていました。神戸の小学生にとってはおなじみですが、最高学年が「見えない翼」を合唱するなか幕が降りていくフィナーレとなります。後ろ向きにゆっくりと雛壇をあがっていく六年生。歌い終わりと同時にステージ床まで降りる緞帳。閉会のアナウンスのなか鳴りやまない拍手。それが毎年の――私が一年生から五年生まで見てきた――恒例でした。私たちはそれを見ながら、聴きながら、自分たちも数年後にはあれをやるんだ、とドキドキしていたのです。
 ところが、私たちが六年生になったその年はようすが違いました。先生から、今年はひな段から動かずに歌うことにする、と告げられたのです。このままでは、憧れの「あのフィナーレ」が夢のままとなってしまう! 私たちは驚き、非難の声をあげました。
 私は翌日、各クラスを回って「ぼくらにもあの『伝統』を引き継がせて!」と署名を集めることにしました。当時何度も読み返していた、灰谷健次郎さん*の『兎の眼』から思いついたアイディアだったでしょうか。今にして思えば生意気な考えだったとは思いますが、事情が事情だけに賛同してくれる生徒も多く、私の用意してきた署名用紙は最終的に小学六年生百数十名の拙いサインで埋まりました。
 先生方のもとへその紙の束を届けると、すぐさま臨時の学年集会が開かれました。私たちは臨戦態勢で音楽室へ向かいます。しかし、そこでU先生の口から出てきたのは叱責でも、頭ごなしの説得でもありませんでした。「君たちの考えとうことはわかった。先生たちも考えなしに決めたわけじゃないんや」 先生は、例年とちがうその閉会の形に変更するに至った経緯などをすべて、こと細かに説明してくださったのでした。「君たちは伝統、伝統というけれど、今年から始まる伝統があってもいいじゃないか」「卒業式の日には君たちはお父さんお母さんたちから拍手で見送られて体育館を出ていく。それならば音楽会は、君たちがお客さんを送り出すというのはだめだろうか」 全体としてどのような話の展開があったのかもう細かくは覚えていませんが、こうしたいくつかの説明が、今でもとても印象に残っています。
 「伝統なんだから」「卒業するのだから」と、概念というものを<乱暴に投げつける>ことしかできなかった私たちとちがい、彼は、「伝統か、じゃあ伝統というのはなんなのだろう」「卒業か、じゃあ卒業というのはなんなのだろう」と、こちらの投げた概念をきちんと受け取った上で、丁寧に丁寧にその包み紙を開くようにして、歩み寄ってくださったのです。けっきょく、その場で多数決がとられた結果、「私たちの総意として」(私も先生方の案のほうに挙手しました)その年の音楽会はそれまでになかった新たな方法で閉幕することとなりました。
ときとして私たちは、知というものを、言葉というものを、概念というものを、誰かと殴り合うためだけに使ってしまいます。しかし本来、それらは私たちを<むすぶ>ために使うべきものなのでしょう。いつだか概念を編み目に喩えたことがありますが、こうして見ると概念というのは、糸そのものにも喩えられるものかもしれません。あなたのその記憶、私のこの経験、彼のあの行動……そんなバラバラだったはずのものたちに、一本の糸が通ることがあります。繋がらなかったはずのものが、概念という糸で<むすびつけられる>ときがあります。
あの日U先生がして下さったように、概念を<ひらいて>いくこと。「どうせ」だとか「ただの」だとか、そういう便利な言葉をしばし忘れて、「いったい全体それは何なのだろう」と素朴に問い続け、語り続けるということ。誰かと誰かが概念を通じてつながることがあるとすれば、それはこうした地道で静かな営みの中にあるはずです。
これから始まる編み物語りも、そんな旅路の日誌であり、あるいは旅そのものです。よかったら、あなたもご一緒しませんか。もしかしたら、「わかりあえるはずないと信じていたこと」に、それぞれがほんの少しだけ、歩み寄れるかもしれません。

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