はじめまして、ネコと申します。名前はもうありますが、ネコはネコです。 あまり言葉は上手くないものですから、ご容赦くださいませね。どうかお手柔らかに。
最初のお題は、"私の最も好きな法則"でしたね。 このお話をするにはまず、私の好きなもののお話から始めたほうが良い気がします。 しばしお付き合い下さいね。
私は、中光度赤色航空障害灯が好きです。 わかりますか、あの、高層ビルや鉄塔についている赤いひかり。 ほら、高いところでちかちかと点滅するあのひかりです。 夕暮れ、日が沈むときになると、仄かに輝きだすあのひかりのことです。
私、鉄塔も好きです。すっくと青空にそびえたつその銀色の佇まい。 順序良く並ぶかれらはとてもいじらしいし、 日暮れの柔らかいグラデーションをバックに浮かぶ あの細いシルエットほどきれいなものもないと思っています。
好きなものというのはあげるときりがないのですけど、このふたつは特に好きなのです。 見ていてどきどきするんです。郷愁にも似た、なにかを感じるのです。 街が見渡せるくらい高いところに上って、鉄塔や航空障害灯をぼんやり見つめるのがとても好きなのです。 (都庁からの眺めと、学校からの眺めが特にお気に入りです) ええ、何故でしょうね。それをずっと考えていました。
いっとき、鉄塔が好きな理由に関しては "これは人が生きていくうえで必要な電気を繋ぐためのもので この鉄塔の先にもまた街があり人がいるのだということを示唆しているからだ" と答えを出しました。
人の生きていこうという意志の現れであり、 目に見えない広がり、想像の余地、それを与えてくれるからだって。
けれどもこの答えには、友人との何気ない会話の中で疑問符が付きました。 友人は、「道路が好きだ」って言ったんです。「道路は人が便利に生きるために頑張って作ったものだから」って。 すごいなぁ、って思ったんです。私、道路をそんな風に見たことがなかったから。 それからちょっと考えたんです。私が鉄塔を好きな理由も似たようなものなんじゃないか、 でも私は道路にその魅力を感じない、だったら理由は、もっと別のところにあるんじゃないかしら?って。
(なかなか答えは出なくって、この悩みについて友人に話したら、 「鉄塔の方がカッコいいからじゃないの、結局ヴィジュアルでしょ?」と突っ込まれてしまって落ち込んだこともありました。 私は外見の美醜でのみ鉄塔が好きなのかしらってね――間違いではないんですが) (正解でもない) (探していたんです、何なのか……、私の心に響くこれは何なのかって)
でも何時だったでしょう、ある時気が付いたんです。 私、ずっと昔からそれを見て過ごしていた、ってこと。 私、小さいころ、団地に住んでいました。5階建の4階、コンクリートのひんやりした階段を上って左側の部屋。 鉄製の青く塗られたドアを開けて玄関に入って、すぐの和室、その左側のふすま。 それを開けると私の部屋でした。
その団地は坂の上に立っていて、私のお家は一番端の棟にあったものですから 景色が良かったんです、―――うん、とても。 すんでいた町が、すっかり見渡せました。もちろん、鉄塔も。 好きだったんです、その部屋の、窓からの眺めが。揺れるレースのカーテンと、吹き込む風。明るい窓辺。そのすべて。
それをね、ふっと思い出したとき、私はふかく納得したんです。 好きなものはあの部屋にあったんだって。いや、あの部屋にあったから、好きなのかもしれないって。
私の好きなものは幼少期に、そしてあの部屋に帰結するんです。もう戻らない、戻れない、帰れない、あの部屋にです。 とても素敵な法則でしょう?これが私のいちばん大好きな法則です。
ロマを歌わせるのは望郷の念であると聞いたことがあります。帰る場所を求めて歌うのだと、定住しはじめると歌うのを止めてしまうと、 そう聞きました。 私もまた同じ理由で何かを表現せざるを得ないんでしょう。私も似たようなものですから。
帰りたい、という意識はずっと、体のどこかでくすぶっています。 吉祥寺駅2番線に滑り込む電車、見慣れない車体。行先はあの街です。 私はそれを3番線ホームからみとめて、一瞬だけ逡巡して、それと逆方向の電車に乗り込むのです。 家に――帰るために。ええ、まだ、あの電車には乗れないのです。
ああ、脱線してしまいました。以上がネコのつまらない話です。 自分はとんだ懐古厨だと自嘲しています。(私きっと距離と空間のあるものが好きなのだわ!)
ではまたゆるりと書きますね。 お付き合い下さってありがとう。ごきげんよう。
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